アルメニア人迫害100年

ローマ法王が「虐殺」と発言した理由

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ローマ中心部のアルメニア神学校前に設置された「アルメニア虐殺」犠牲者の追悼パネル=2015年4月21日、福島良典撮影
ローマ中心部のアルメニア神学校前に設置された「アルメニア虐殺」犠牲者の追悼パネル=2015年4月21日、福島良典撮影

 キリスト教ローマ・カトリックの総本山・バチカン(ローマ法王庁)を擁するローマは大小の教会がひしめく「教会都市」でもある。ローマ中心部、バルベリーニ広場の近くにあるアルメニア教会もその一つだ。

 アルメニアは紀元301年に世界で初めてキリスト教を公認し、国教と定めた国だ。今年4月、そのアルメニアが世界中のメディアの注目の的となった。オスマン・トルコ帝国による第一次世界大戦期のアルメニア人迫害から100年を迎えたためだ。

 アルメニア側は1915〜17年に当時のオスマン・トルコ帝国が領内のアルメニア人を弾圧し、組織的に約150万人を虐殺したと主張している。これに対して、トルコ側は、反乱を起こしたアルメニア人を鎮圧する戦闘で双方に30万〜50万人の死者が出たことは認めているが、「虐殺ではない」と反論。両国間の歴史問題になっている。

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