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<戦後70年>在外日本研究者声明 日中韓の和解、願い

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 米国などを拠点とする日本研究者や歴史学者ら187人が今月初旬、日本の歴史認識などに関する声明を発表した。日本側に慰安婦問題を含む「過去の過ち」について「偏見なき清算」を促す一方、韓国や中国の民族主義的な動きもけん制する内容で、賛同者はその後、457人に広がった。日本を外から見つめる識者らの声明をどう読み解けばよいのか。署名者の一人で、日本の近現代史・労働史が専門のアンドルー・ゴードン米ハーバード大教授(63)に、声明に託した思いや公開後の反応などを聞くとともに、国際法学者で元アジア女性基金理事の大沼保昭・明治大特任教授(69)に日本側の受け止め方について尋ねた。

「安倍談話」さらに踏み込みを アンドルー・ゴードン、米ハーバード大教授

 私は声明署名者の代表ではなく、ここで述べることは個人の見解と断っておきたい。

 声明は誠意を持って日本の歴史を直視しようとする歴史学者を支援するものだ。日本社会とメディア、政府に宛てたものでもある。安倍政権に対する「非難」と書いたメディアもあったが、素直に読めばそうではないことが分かると思う。安倍晋三首相が4月に米議会で行った演説は、従来の発言から踏み込んだ内容だった。私はそれを評価すべきだと思うし、声明にも反映されている。一方で物足りなかった部分があったと私は感じた。安倍首相がこの夏に発表する戦後70年談話では、さらに踏み込んだ言葉を使ってほしいという期待を持っている。

 今回の声明の一つのきっかけは、「慰安婦」問題についての米国の高校教科書の記述を巡り、日本政府が昨年、著者や出版社に訂正を求めたことだ。これには私も含めて米国の歴史学者20人が日本政府の対応を批判する声明を出した。教科書の記述には問題があると考えているが、声明は「慰安婦」問題をどう語るべきかという内容ではない。政府の介入で「慰安婦」という歴史を教科書から取り除くことはあってはならないと思い署名した。

 日本では特にこの1年、植民地時代の特定のテーマについて語ってよいことの幅が狭くなったと感じる。私は重圧も制約も感じることはないが、周囲を見渡すとそのような状況に置かれた人が増えている。今回のような声明が自然発生的、あるいは必然的に作られる環境があった。

 今回の声明の基になったのは、今年3月にシカゴで開催された「アジア研究協会」での議論だ。私はその場にいなかったので、全ての過程を知るわけではないが、30人ほどの学者の議論が下敷きになったからこそ良いものになったし、より多くの人に受け入れられた側面もある。重要だったのは、私たちが高い所からものを言っていると見られないことだった。それぞれが知人に声をかけて最初の賛同者は187人になった。5月初めに声明を発表してから賛同者は457人に膨らみ、その人数と地域的な広がりに驚いた。

 日本国内での批判は当然想定していた。中には、米国の学者が日本の首相にものをいうことは非礼で、その資格はないという趣旨の指摘もあった。しかし、どの国の学者であろうと、他国のリーダーにものを言えることは当たり前だと思う。日本の学者が米政府に不満があればそれを伝えるべきだと思う。

 また、私たちを「反日」だという批判を目にして驚き、落胆した。声明で日本は「第二の故郷」と書いてある通り、日本への理解を深めるために人生をささげてきた。ベトナム戦争に反対して「反米」と言われた学生の頃を思い出す。私は米国が嫌いだったのではなく、当時の米政府の姿勢を批判しただけだ。今回も同じことだ。政府の姿勢に意見することを「反日」と言われるのは残念でならない。

 世界を見渡せばどの地域も深い問題を抱えている。その中で東アジアは最も可能性に満ちている場所の一つだ。だからこそ私たちは、障害である歴史問題を何とか良い方向にもっていきたいと考えている。戦後70年の今年はチャンスだし、それを逃してはいけない。

 それだけに「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録を巡る韓国の対応には失望している。歴史遺跡を守ることは原則だし、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が指定する遺産は必ずしも素晴らしいことが起きた場所だけではない。アウシュビッツ、原爆ドームなどはその例だ。明治時代の「軍艦島」や三井三池炭鉱での労働条件は極めて悪く、多くの人が死んだ。展示では明治の産業革命がもたらした価値だけでなく、犠牲を払った人たちにも目を向けるべきだ。そしてその後に何があったかについても。核拡散防止条約(NPT)再検討会議で、政治指導者の広島、長崎の訪問を巡る中国の対応も「またか」という感じだ。

 日中韓のリーダーたちが思い切った判断、行動を取る必要がある。日本政府が一歩、二歩進めて良い反応があることに期待している。安倍首相は70年談話で村山談話を受け継ぐだけではなく、反省について自分の言葉で語る必要がある。楽観的かもしれないが、思いやりの心をもって発言すれば和解の可能性はゼロではない。70年談話とそれに対する反応が建設的なものとなり、アジアの和解と安定、成長につながってほしい。今回の声明がささやかでも貢献できれば幸いだ。【聞き手・八田浩輔】

節度ある認識示す 大沼保昭・明治大特任教授

 日本政府が米国の教科書会社に訂正を申し入れたことに対し、米研究者らが発表した以前の声明は、内容が雑で、配慮も行き届いていなかった。歴史教科書における叙述を「抑圧」しようとする試みに失望したとあったが、不正確な記述がある教科書に日本政府が訂正を申し入れることがなぜ「抑圧」なのか。

 ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の犠牲者数が極めて少なく書かれている教科書があれば、イスラエル政府が訂正を申し入れるのは当然だし、米国の学者もそれを認めるだろう。

 また、この声明には、元慰安婦の証言などから国家が管理する性奴隷制の本質的な特徴が議論の余地なく明らかにされているとあったが、学問的にそこまで言えるか疑問がないとは言えない。

 それに比べると、今回の声明は中韓の問題性も指摘しており、優れたものだった。日本で慰安婦問題や歴史認識を研究するほとんどの国際法学者や歴史学者は、抑制の利いた節度ある認識を示すものと感じたと思うし、私もそう思った。

 ただ、日本の一般市民が、また上から目線で日本にお説教をするのかと感じたとしても、それはまた自然な反応だと思う。米国やヨーロッパ諸国も日本と同じく植民地支配を行い、帝国主義的な政策をとってきた。戦後の米露による独善的な武力行使を含む国際社会での振る舞いは、日本よりはるかにひどい。声明ではこうした点への自省は十分には示されていない。

 日本と同じように現代史の罪を背負う彼らも努力をするという気持ちがもう少し示されれば、日本人はもっと素直に、彼らの助言に耳を傾けるだろう。

 今回の声明に否定的な反応があるとすれば、それはネット上などの一部の極端な論者に過ぎない。日本側は「また上から目線で」と受け止め、米側も「善意が否定されている」と考える被害者意識のぶつけ合いは何も生み出さない。お互いが共通の認識を持っているというポジティブな側面こそ大切に考えるべきだ。【聞き手・隅俊之】


日本の歴史家を支持する声明全文(原文)

 下記に署名した日本研究者は、日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第二次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するものであります。私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります。この声明は、日本と東アジアの歴史をいかに研究し、いかに記憶していくべきなのかについて、われわれが共有する関心から発せられたものです。

 また、この声明は戦後七〇年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣国のあいだに七〇年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります。戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さは、日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。

 しかし、これらの成果が世界から祝福を受けるにあたっては、障害となるものがあることを認めざるをえません。それは歴史解釈の問題であります。その中でも、争いごとの原因となっている最も深刻な問題のひとつに、いわゆる「慰安婦」制度の問題があります。この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。そのために、政治家やジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴史学的な考察の究極の目的であるべき、人間と社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのようです。

 元「慰安婦」の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません。二〇世紀に繰り広げられた数々の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春のなかでも、「慰安婦」制度はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものであります。

 「正しい歴史」への簡単な道はありません。日本帝国の軍関係資料のかなりの部分は破棄されましたし、各地から女性を調達した業者の行動はそもそも記録されていなかったかもしれません。しかし、女性の移送と「慰安所」の管理に対する日本軍の関与を明らかにする資料は歴史家によって相当発掘されていますし、被害者の証言にも重要な証拠が含まれています。確かに彼女たちの証言はさまざまで、記憶もそれ自体は一貫性をもっていません。しかしその証言は全体として心に訴えるものであり、また元兵士その他の証言だけでなく、公的資料によっても裏付けられています。

 「慰安婦」の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、恐らく、永久に正確な数字が確定されることはないでしょう。確かに、信用できる被害者数を見積もることも重要です。しかし、最終的に何万人であろうと何十万人であろうと、いかなる数にその判断が落ち着こうとも、日本帝国とその戦場となった地域において、女性たちがその尊厳を奪われたという歴史の事実を変えることはできません。

 歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が「強制的」に「慰安婦」になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます。しかし、大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力にさらされたことは、既に資料と証言が明らかにしている通りです。特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することにほかなりません。

 日本の研究者・同僚と同じように、私たちも過去のすべての痕跡を慎重に天秤(てんびん)に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています。この種の作業は、民族やジェンダーによる偏見に染められてはならず、政府による操作や検閲、そして個人的脅迫からも自由でなければなりません。私たちは歴史研究の自由を守ります。そして、すべての国の政府がそれを尊重するよう呼びかけます。

 多くの国にとって、過去の不正義を認めるのは、未(いま)だに難しいことです。第二次世界大戦中に抑留されたアメリカの日系人に対して、アメリカ合衆国政府が賠償を実行するまでに四〇年以上がかかりました。アフリカ系アメリカ人への平等が奴隷制廃止によって約束されたにもかかわらず、それが実際の法律に反映されるまでには、さらに一世紀を待たねばなりませんでした。人種差別の問題は今もアメリカ社会に深く巣くっています。米国、ヨーロッパ諸国、日本を含めた、十九・二〇世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して、十分に取り組んだといえる国は、まだどこにもありません。

 今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、第二次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性を搾取するようなことは、許容されるはずがないでしょう。その当時においてさえ、政府の役人の中には、倫理的な理由からこれに抗議した人がいたことも事実です。しかし、戦時体制のもとにあって、個人は国のために絶対的な犠牲を捧(ささ)げることが要求され、他のアジア諸国民のみならず日本人自身も多大な苦しみを被りました。だれも二度とそのような状況を経験するべきではありません。

 今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません。

 過去の過ちを認めるプロセスは民主主義社会を強化し、国と国のあいだの協力関係を養います。「慰安婦」問題の中核には女性の権利と尊厳があり、その解決は日本、東アジア、そして世界における男女同権に向けた歴史的な一歩となることでしょう。

 私たちの教室では、日本、韓国、中国他の国からの学生が、この難しい問題について、互いに敬意を払いながら誠実に話し合っています。彼らの世代は、私たちが残す過去の記録と歩むほかないよう運命づけられています。性暴力と人身売買のない世界を彼らが築き上げるため、そしてアジアにおける平和と友好を進めるために、過去の過ちについて可能な限り全体的で、でき得る限り偏見なき清算を、この時代の成果として共に残そうではありませんか。

主な署名者(敬称略)

 ジョージタウン大教授、ジョルダン・サンド▽コネティカット大教授、アレクシス・ダデン▽ハーバード大名誉教授、エズラ・ボーゲル▽シカゴ大名誉教授、ノーマ・フィールド▽コロンビア大教授、キャロル・グラック▽マサチューセッツ工科大名誉教授、ジョン・ダワー▽ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉フェロー、ロナルド・ドーア


 ■ことば

米歴史教科書の慰安婦記述

 米国の高校教科書の慰安婦を巡る記述に「事実誤認」があるとして、日本政府が2014年末に版元のマグロウヒル社や著者に訂正を求めた。教科書には慰安婦が最大20万人で、天皇の贈り物として兵士に提供されたなどと記載されている。訂正要求に反発した米研究者らは今年に入り、元慰安婦の証言などで「国家が管理する性奴隷制の本質的な特徴が明らかにされた」「いかなる政府も歴史を検閲する権利はない」との声明を公表。これに対し、秦郁彦さんら日本の歴史家が教科書の訂正を求める勧告文を発表する事態に発展した。

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