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岡崎 武志・評『忘れられた詩人の伝記』『アンタッチャブル』ほか

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戦争にゆがめられた悲しき表現者

◆『忘れられた詩人の伝記』宮田毬栄・著(中央公論新社/税抜き4600円)

 「言ふなかれ、君よ、わかれを、/世の常を、また生き死にを」と始まる詩「戦友別盃の歌」は、戦地に赴く兵士の間で愛誦(あいしよう)された。だが、それゆえに作者の大木惇夫(あつお)は、戦意高揚の詩人として追放され、悲惨な後半生を送る。

 その無念を晴らすべく書かれたのが『忘れられた詩人の伝記』。副題「父・大木惇夫の軌跡」でわかるように、著者の宮田毬栄(まりえ)は大木の次女。中央公論社の名編集者でもあった。詳しい年譜も研究もなく、書くのは彼女しかいない。

 白秋に絶賛され詩人として華々しいデビューを飾るも、戦争が進路をゆがめていく。著者は詩を随所に引きつつ、その生涯を追う。娘は書く。「表現する行為の魔力にとらわれつづけた」人だと。それゆえ「だれからも求められず、何もすることのなかった」後半生を寂しく憂うのだ。

 しかし「戦友別盃の歌」は森繁久彌が好んで口ずさんだ。私も名作だと思う。詩人の魂は宙に浮いている。その苦難が明らかにされた以上、評価はこれからだ。

◆『アンタッチャブル』/馳星周・著(毎日新聞出版/税抜き1850円)

 馳星周『アンタッチャブル』は500ページ超えの新作長編。捜査一課から厄介者として公安部へ左遷された宮澤。託された相手は、資料室の椿。彼は、キャリア出身のエリートながら、出世コースから脱落した人物。それゆえ「アンタッチャブル」と呼ばれる椿を見張るのが、宮澤の裏の役目だった。この椿と宮澤のコンビが、爆破テロの脅威に巻き込まれる。めまぐるしく変転する局面に立ち向かう二人を、ユーモア交じりに描く。ドラマ、映画化必至!

◆『ジハーディストのベールをかぶった私』アンナ・エレル/著、本田沙世・訳(日経BP社/税抜き1800円)

 ヨーロッパでは今、ネットを通じて中東の過激派組織にアクセスする若者が増加中。『ジハーディストのベールをかぶった私』の著者はアンナ・エレル(本田沙世訳)。ジャーナリストの身分を隠し「メロディー」という仮名で、イスラム国の大物幹部とネット上で接触する。やがて著者は彼から求婚され、さらに情報を得るため、フランスからシリア国境へ旅立つ。しかし、彼女を待ち受けていたのは恐るべき実態であった。緊迫のルポルタージュ。

◆『歩道橋の魔術師』呉明益・著、天野健太郎・訳(白水社/税抜き2100円)

 呉明益(ごめいえき)は今、台湾でもっとも注目される作家。『歩道橋の魔術師』(天野健太郎訳)は、その作風と力量を知るに最適な連作短編集。いずれも1980年初頭の台北の繁華街「中華商場」を舞台に、熱っぽく暮らす子供たちを生き生きと描く。靴売りをする少年が、歩道橋の上で「わたしは魔術師」と名乗るその男と出会う。少年とみすぼらしい魔術師との間に起こる不思議な体験を描く表題作ほか、リアリズムに裏打ちされつつ寓意(ぐうい)的な描写が新鮮。

◆『ニッポン産業遺産の旅』二村悟・著(平凡社/税抜き1200円)

 二村悟監修『ニッポン産業遺産の旅』は、「太陽の地図帖」シリーズの一冊。このたび世界遺産登録された「軍艦島」こと、長崎市の貴重な観光資源となる「端島(はしま)」をはじめ、炭鉱、製鉄所、巨大ダム、造船所など183カ所を紹介、ガイドする。一地域の産業施設だった「富岡製糸場」が、世界遺産登録された途端注目を浴び、いまや観光名所に。「産業遺産は溺愛しなければならない」と言う監修者に導かれ、愛(め)でるポイントをチェックしよう。

◆『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』/吉田典史(KADOKAWA/税抜き1300円)

 あなたの職場にいないだろうか、「俺、辞めるよ」が口ぐせの人。その内の8割は厄介者となって会社に残るため、「早く辞めろよ」と言ってあげたほうがいいらしい。そう教えてくれるのは、吉田典史『会社で落ちこぼれる人の口ぐせ 抜群に出世する人の口ぐせ』。「言霊(ことだま)」という言葉があるように、言葉が現実を変え、人生をも変えていく。「時間がない、忙しい」と言えば言うほど状況は悪化する。そういう口ぐせの人のそばには近寄らないことだ。

◆『働くことと生きること』水上勉(集英社文庫/税抜き500円)

 作家の水上勉は、僧侶をはじめ、膏薬(こうやく)の行商、役所勤め、中国では苦力(クーリー)監督、代用教員など、多種多様な職業に就いた。『働くことと生きること』は、そんな職業遍歴を通して、生きることを考えた本。背広の販売員時代、重い荷を背負い満員電車へ。そこで「人生が一つの旅なら、大きな荷を一つもっていた方がいい」と考える。山奥の保線工の取材では、鳥のように山をかけめぐる姿に感動する。働くことの尊さと厳しさが伝わってくる一冊だ。

◆『古書ミステリー倶楽部3』ミステリー文学資料館(光文社文庫/税抜き800円)

 ミステリー文学資料館編『古書ミステリー倶楽部3』は、日本の作家たちによる、古書にまつわるミステリーを集めたアンソロジー第3弾。宮部みゆき、山本一力、曽野綾子、北村薫など、錚々(そうそう)たる面々が、古書をテーマとしていかに物語に仕上げたか。「銭形平次」でおなじみの野村胡堂「紅唐紙」は昭和初期の異色作。均一本から掘り出した極めつきの珍本をめぐる、古書マニアの騒動がおもしろい。乱歩「D坂の殺人事件」は草稿版を掲載。

◆『マイケル・K』J・M・クッツェー/著、くぼたのぞみ・訳(岩波文庫/税抜き840円)

 J・M・クッツェー(くぼたのぞみ訳)『マイケル・K』は、ノーベル賞受賞作家の傑作長編。内戦が続き、軍隊の制圧下にある南アフリカで、この世から見捨てられたような親子が生きている。口唇裂(こうしんれつ)と頭の回転が遅い障害を持つマイケル・Kと、重い病気を抱える母のアンナ。手製の手押し車に母を乗せ、故郷の農場まで野宿しながら移動するが……。母の死後、大地を耕す人として、著者は健気(けなげ)な青年を描き込む。戦争と個人について考えさせられる。

◆『米朝らくごの舞台裏』小佐田定雄・著(ちくま新書/税抜き860円)

 戦後の上方落語の復興はこの人なくしてありえなかった。人間国宝・桂米朝の人と芸を生前より知るのが、落語作家の小佐田定雄。追悼の意を込めて、『米朝らくごの舞台裏』でその神髄を詳述する。米朝落語40席を精選した第1章では、その聞きどころと裏話について、直接の教えを交え紹介。本人の芸談とともに、古い芸人たちのエピソードもあり、読みごたえは十分。第2章では、理論派で著作も多い米朝の、活字、音源、映像資料を整理して掲載する。

◆『写真と地図でめぐる軍都・東京』竹内正浩・著(NHK出版新書/税抜き1000円)

 すっかり様変わりして分かりにくいが、東京とその近郊には、軍事遺産がかすかながら残されている。その記憶を実地に検分し、呼び覚ますのが竹内正浩『写真と地図でめぐる軍都・東京』だ。皇居周辺にあった近衛師団司令部をはじめとする施設、赤羽台団地は、かつての陸軍被服本廠(ほんしよう)跡、横須賀は軍港として今も痕跡が残る。著者は戦中の米軍撮影による航空写真を駆使し、古層に眠る軍事遺産を詳(つまび)らかにしていく。意外な発見に興奮を隠し切れない。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年6月14日号より>

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