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<記者の目>青酸連続殺人事件の現場から=岡崎英遠(京都支局)

法医学の立て直し急務

 昨年11月以降、京都・大阪で相次いで発覚した青酸化合物による連続殺人事件。2件の殺人罪で逮捕・起訴された筧(かけひ)千佐子被告(68)は、他に少なくとも結婚・交際していた男性6人の殺害を認める供述をしているという。兵庫・奈良を含めた4府県警は今春、合同捜査本部を設置し、事件の全容解明を進めているが、起訴された2件以外は保存した血液など直接証拠がないため、立証は難しいとの見方もある。裁判員制度の導入などを機に、捜査当局に対する証拠収集の要求は高まるばかりだが、法医学の現場は危機的な状況にある。犯罪を見逃さないためにも体制の立て直しが急務だ。

 「何かがひっかかる」。2013年12月28日夜、京都府向日市の自宅で急死した筧勇夫さん(当時75歳)を検視した捜査員は、その死を不審に思った。勇夫さんと妻千佐子被告が新婚だったほか、自宅から他人名義の印鑑が多数出てきたからだ。捜査員は念のため、遺体から血液を採取するよう指示した。鑑定の結果、青酸化合物が検出された。被告の周辺を調べると、過去に結婚・交際した高齢男性約10人が相次いで死亡していたことが判明し、多額の遺産を譲り受けた形跡が続々と出てきた。

 過去に交際した男性のうち、12年春にバイクの転倒事故で死亡した大阪府貝塚市の本田正徳(まさのり)さん(当時71歳)については、たまたま解剖時の血液を大学が保管していた。大阪府警がこの血液を鑑定すると、青酸化合物が検出され、2件目の疑惑が浮上した。

 京都府警の捜査幹部は、最初の検視官の機転について「小さなことを見逃さなかったファインプレーだ」と評価。2件目のケースでも、大学側が義務もないのに血液を保管していたという偶然が結果に結びついた。

薬毒物簡易検査、実効性にも疑問

 いわば2件とも個人の機転や偶然が立件につながったわけだが、厳密さや公平性が求められる犯罪捜査は、本来偶然性に頼るものであってはならない。

 犯罪を確実に掘り起こすべき捜査、法医学の現場の体制は盤石とは言い難い。警察庁によると、13年の全変死体に対する薬毒物検査の実施率(全国平均37・5%)は、鳥取県が97・8%と最高なのに対し、神奈川県ではわずか5・5%にとどまる。検査方法も統一されておらず、代表的な簡易検査では青酸やトリカブトなどの毒物が検出されないなど、実効性にも疑問がある。

少ない解剖医 鳥取県は不在

 解剖や薬毒物検査を行う大学の法医学教室の体制も不十分だ。解剖や検査には高度な専門知識を備えた人材と最新の高価な分析機器が必要だが、大学の法医学教室は、臨床とは違って「不採算部門」とみなされがちで、人員・予算面で厳しい扱いを受けるところが多い。和歌山県立医大の近藤稔和教授は「法医学を志す有望な若手がいても、引き留めるポストがない」と嘆く。

 日本法医学会が認定している解剖医は、全国で119人(14年末時点)いるが、解剖医が1人しかいない県は20前後ある。血液検査の体制は充実している鳥取県だが、今春から県内の解剖医が不在になった。

 全国の都道府県警察が13年に扱った死体数は16万9047人。うち犯罪が疑われ、解剖されたのは9774人で、全死体の5・78%にとどまる。「解剖せずに、外表面を見るだけでは限界がある」(池谷博・京都府立医大教授)が、現実には目視レベルの検視で「嫌疑なし」とされる変死体は多い。京都府警幹部も「うちだって100%見逃しがないかと問われれば、『ない』と断言できるだけの自信はない」と本音をもらす。

 警察庁の有識者会議が11年にまとめた報告書では、オーストラリア・ビクトリア州では変死体への薬毒物検査は法律で義務付けられ、実施率は100%。スウェーデンでは犯罪死の疑いのある変死体は全てコンピューター断層撮影(CT)検査まで実施しているという。

 日本では自白偏重の捜査が長く許されてきたとされるが、近年は裁判員制度の導入などから、直接証拠の重要性はより高まっているといえる。予算や人員面を抜本的に改革するのは難しいが、法務省、警察庁をはじめ関係省庁が連携し、まずは全ての変死体の血液や体液などの試料を大学の法医学教室などで保管する制度から始めてはどうだろうか。巧妙に仕組まれた事件の被害者の声なき声を埋もれさせないために、できるところから対策を急ぐべきだ。

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