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堀 和世・評『「日々」のごちそう帖』高橋良枝 編・著

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「あなたとわたし」がいてその真ん中に料理がある

◆『「日々」のごちそう帖』高橋良枝 編・著(文藝春秋/税抜き1800円)

 楠のおばさん、といっても誰も分からないだろうが、親戚のおばさんである。親戚といっても血縁はなく、父の生家、つまり祖母の住まいである長屋の隣に住んでいた。台所は土間で、桶(おけ)に板を渡した共同便所があった。盆正月となく何かと一族が集まり、なぜか祖母ではなくおばさんの家でご飯を食べた。おばさんの仕事は河岸で、卓には日本海の地魚が並んだが、刺し身の醤油(しようゆ)皿にたっぷり味の素を振るのが習わしだった。もとより濃厚な再仕込み醤油は粉わさびでどろどろで、活(い)きも何もあったものかと今は思うが、子どもはそれで飯を食い、大人は酒を飲んだ。昭和40年代のことである。

 それから十数年たち作法を覚え、下ろしわさびを刺し身にのせて賢げなふりをしている。今どき魚介の鮮度は都会の居酒屋も引けを取らない。けれどももう一度だけ食べたいのは、長屋のこたつ机の大皿に敷かれた鯔(ぼら)の刺し身だ。

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