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岡崎 武志・評『向田邦子 おしゃれの流儀』『モンローが死んだ日』ほか

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当たり前を、さりげなく

◆『向田邦子 おしゃれの流儀』向田邦子・著(新潮社とんぼの本/税抜き1600円)

 今年は向田邦子の没後34年に当たる。多くの著作が今も読み継がれ、その息の長さに驚くが、彼女の「おしゃれ術」に的を絞ったのが『向田邦子 おしゃれの流儀』だ。

 編者は妹の向田和子と、向田の遺品を保存するかごしま近代文学館。「姉はものすごくいいものを着ていた」と、エッセー「センスはピカ一」で和子は書く。若き日、3カ月分の給料を、一枚のアメリカ製の水着に替えた。ポーズを取った黒い水着のポートレートは女優みたい。向田さん、キレイ!

 帽子にバッグ、シューズと、厳選したものを注意深く組み合わせ、さりげなく飾るのが向田流の「おしゃれの流儀」。「勝負服」とは、原稿に向かう時のチュニック風の服のこと。活動的でいかにも売れっ子の脚本家、作家らしい。「ヤキニク服」もあったという。

 和子の見るところ、姉・邦子の服は今でも着られる。「永遠に廃れない当たり前をいかに掴み取るかという難しさを、姉はわかっていたと思います」。その「当たり前」が34年後に輝いて見える。

◆『モンローが死んだ日』小池真理子・著(毎日新聞出版/税抜き1800円)

 本誌連載時から反響が大きかった小池真理子『モンローが死んだ日』が、このたび単行本化。夫に先立たれ、軽井沢で一人暮らしをする鏡子は、もうすぐ60に手が届く。文学館に勤務し、横浜からの通いの精神科医に掛かっている。魅力的な医師・智之と鏡子は、やがて特別な関係になっていく。前触れもなく終わりを告げた恋。深まる謎。心を病んだモンローと精神科医の関係がリンクし、明らかになった真相とは? 「生と性」の意味を問う力作。

◆『ドクター・スリープ』スティーヴン・キング/著(文藝春秋/上下各税抜き1800円)

 スティーヴン・キングの新作『ドクター・スリープ』(白石朗訳)は、映画化もされた『シャイニング』の続編。雪中のホテルで起きた惨劇から三十余年後、生き延びた少年ダニーは、ホスピスの職員になっていた。死を看取る不思議な力の持ち主「ドクター・スリープ」として。同じく不思議な能力を持つ少女アブラ。一方、キャンピングカーを連ね、殺戮(さつりく)を繰り返す集団がある。記憶の悪、集団の悪と立ち向かう2人。息をつかせぬ長編小説。

◆『スタジオの音が聴こえる』高橋健太郎・著(DU BOOKS/税抜き2000円)

 高橋健太郎『スタジオの音が聴こえる』が熱っぽく語るのは、1970年代を飾る名盤レコードを生んだスタジオの話。驚くべきは、数々の名盤を生んだのが、大手レコード会社のそれではなく、インディペンデントなスタジオであること。ローリング・ストーンズが拠点としたオリンピック・スタジオ、ブリティッシュ・フォークを生んだサウンド・テクニクスなど、エンジニアや機材が、伝説の音を作った。洋楽ファンにはたまらない一冊。

◆『重ね地図シリーズ 東京 マッカーサーの時代編』太田稔・著(光村推古書院/税抜き2000円)

 太田稔企画・構成による『重ね地図シリーズ 東京 マッカーサーの時代編』は趣向が楽しい。東京都内の主要な各エリアを、昭和20年代の地図と、その上に半透明な紙に印刷された現代の地図を重ねて見ることができる。そうすると、たとえば赤羽駅西側の大きな団地が、かつて米軍の軍事施設だったことがわかる。皇居周辺も、GHQが多くの建物を接収、東京はまさしく占領都市だった。「東京の闇市探訪記」などの記事も充実し、読ませる。

◆『人のかたち』岩切徹・著(平凡社/税抜き2000円)

 ノンフィクションは「人を食う仕事」だからこそ、「丸ごとペロリと食べ」る、つまりとことん取材をすることが礼儀という岩切徹。氷川きよしからまど・みちお、果てはミッキーマウスまで取材し尽くしたのが『人のかたち』。泉ピン子を「捨て犬のさみしさ」があると評したのは太地喜和子。まど・みちおは「戦争協力詩みたいなもの」を書いた過去を忘れてはいけないんだと語った。表からは見えない、その人がじっと抱える“何か”が、読み手に伝わってくる。

◆『サファイア』/湊かなえ・著(ハルキ文庫/税抜き630円)

 湊かなえ『サファイア』は、いずれも宝石にまつわる短編集。表題作は、人生初のおねだりとして、20歳の誕生日に彼氏に告げた「指輪が欲しいな」のひと言が、思わぬ事態を招く物語。約束の日に、現れなかった彼は……。50歳のたぬき顔のおばさんが、若い男性に、イチゴ味のハミガキに固執する過去を語り、二人の関係が明らかになった時、読者を驚かせる「真珠」など、「綺麗な宝石に秘められた深い謎と人々の切なる想い」(帯文)を描く。

◆『よみがえれ!老朽家屋』/井形慶子・著(ちくま文庫/税抜き860円)

 誰もが住みたい人気の街、東京・吉祥寺は、家賃の高さでも有名。だが、井形慶子は昭和の老朽化した一軒家を格安で手に入れ、店舗付き住宅に変身させた。『よみがえれ!老朽家屋』は、家を手に入れるまでの顛末(てんまつ)と、リフォームして店舗に再生する過程を、写真入りで細かに報告する。同時に、日本が抱える住宅事情や、住みやすい街のあり方についても考える。「文庫版あとがき」では、その後の吉祥寺がいかに変貌したかにも言及している。

◆『大不況には本を読む』橋本治・著(河出文庫/税抜き640円)

 橋本治『大不況には本を読む』、単なる読書論ではない。産業革命を経ずに開国し、成功と破綻を経験した日本が、いま直面している問題点を洗い出す。世界的なあり方にブレーキがかかった以上は、「自分のあり方を省みるためには、もう一度“本を読む”というところに立ち戻ったらいい」と主張する。その上で、「中途半端な思想性なんかない方がいい」「『発展』だけが経済ではない」など、著者独自のユニークな思考法が展開されていく。

◆『沖縄の殿様』高橋義夫・著(中公新書/税抜き880円)

 初めて知る人も多いだろう。高橋義夫『沖縄の殿様』は、明治14年の沖縄に県令として着任した上杉茂憲(もちのり)の奮闘記。茂憲は、名門・米沢藩上杉家、最後の藩主だ。豊かな国から、琉球処分から日が浅い本島と周辺の島々を視察し、そこで見たのは貧しい沖縄の姿だった。彼は民を救うため、政府に改革意見を何度も具申。そのたびはね返された。日本政府と沖縄の支配の構図はすでにここにあった。二年で解任されるが、彼の志は今に受け継がれる。

◆『新・東海道 水の旅』浦瀬太郎・著(岩波ジュニア新書/税抜き840円)

 昔は歩いて通った東海道も、現代は新幹線で東京から大阪まで2時間半。『新・東海道 水の旅』で、浦瀬太郎は車窓から見える川や湖などに目をこらす。多摩川、天竜川、浜名湖、木曽川、琵琶湖と、それら「水環境」から、日本人と水との密接な関係が見えてくる。新横浜を通過した後、新幹線は「横須賀水道路」を渡る。これは相模川の水を横浜、横須賀へ運ぶ水道管を通した道。ほか、明治用水、水力発電所群と、これはたしかに「水の旅」だ。

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◇おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年7月5日号より>

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