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岡崎 武志・評『気になる人』『アウシュヴィッツを志願した男』ほか

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居場所は自分でつくるもの

◆『気になる人』渡辺京二・著(晶文社/税抜き1500円)

『逝きし世の面影』が話題となった渡辺京二は、熊本在住の評論家。今年、85歳になる。『気になる人』は、熊本でさまざまな居場所を作り、生きる人々を、著者が訪ねたインタビュー集。

 建築家で作家の坂口恭平は、東日本大震災後、独立国家を宣言し、古民家をほぼ「0円」で改装し、若者たちと住む。ほか、書店員、画家、レストラン経営者、農家など、いずれも独立独歩の人が著者の「気になる人」だ。

 カフェを併設する小さな書店「橙書店」店主の田尻久子。著者の「やりがい」についての質問に、「ここにくる人たちがそれを望んでいるんだったら、やりたいなと。それを欲している人たちが多いので」書店を続けるという。グロテスクな絵を描く画家の板井榮雄は「僕はまったく死んだ人間」で「1945年のリアリティーで生きている」と語る。

「外れても、流れても、引きこもっても、生きられる場所はいろいろあるものだ」(帯文)は、この本の急所を突いてみごとだ。

◆『アウシュヴィッツを志願した男』小林公二・著(講談社/税抜き1700円)

 小林公二『アウシュヴィッツを志願した男』は、第二次大戦下、殺人工場「アウシュヴィッツ」での知られざる事実を描く。ポーランド軍大尉、ピレツキは仲間が送られた収容所内の実態を明らかにするため、志願してアウシュヴィッツ入りを果たす。948日に及ぶ潜入ののち、仲間と脱走。その筆舌に尽くしがたい体験を記録した。しかし、彼は祖国で銃殺刑となる。著者は2人の遺児にインタビューを重ね、真実に生きた男の汚名をすすぐ。

◆『たまらなく、アーベイン』田中康夫・著(河出書房新社/税抜き2600円)

『33年後のなんとなく、クリスタル』が大きな話題となった田中康夫。『たまらなく、アーベイン』は1984年に刊行された著作で、このたび復刊された。80年代の都市風俗をカタログ風に記述しながら、そこに似合ったコンテンポラリーミュージックを語る、いわばコラム版『なんクリ』か。ニュートラにハマる一般女子を、「将来、杉良やフリオに夢中の中年おばさん」の予備軍と批判。バブル目前の80年代の「気分」が鮮やかによみがえる。

◆『今日からは、愛のひと』朱川湊人・著(光文社/税抜き1600円)

 直木賞作家・朱川湊人の最新長編は『今日からは、愛のひと』。無職、家族も宿もないユキジは、ひょんなことから夜のアキバで、若い女にカツアゲを食らう若者を助ける。助けた男は記憶喪失で、悪魔から逃げる元・天使だと言う。行くあてなしのコンビは、池袋で出会った女性の誘いで、彼女が住む八王子の古い一軒家「猫の森」に転がり込む。そこでは、さまざまな過去と事情を持つ者たちが共同生活をしていた。ちょっとコミカルで温かい物語。

◆『これならわかるよ! 経済思想史』坪井賢一・著(ダイヤモンド社/税抜き1600円)

 坪井賢一『これならわかるよ! 経済思想史』は、ピケティには音を上げたが、やっぱり経済学を学びたい人におすすめ。「新古典派」「ケインズ」「マルクス」と三つの主要な経済思想の中身と流れを、一気に解説する。そのため、20代前半の6人の若者相手に、著者が講義し、彼らの疑問や感想に答えるという作り方にした。おかげで「収穫逓減の法則」も、聞き手を牛丼店のバイトになぞらえるなど敷居を下げて、経済学の知識がゼロでも理解できる。

◆『アリスのままで』リサ・ジェノヴァ/著(キノブックス/税抜き1500円)

 同タイトルの映画が公開中の『アリスのままで』。ハーバード大で教鞭をとる50歳のアリスは、若年性アルツハイマー病と診断される。著者リサ・ジェノヴァ(古屋美登里訳)は神経科学の研究をしており、患者自身の戸惑いや絶望、つかの間の喜びや希望を、リアルかつ丁寧に描いている。自分のままでいられるタイムリミットを感じながら、懸命に自分を取り戻そうとするアリスと、困惑しつつもアリスに寄り添う家族の姿に、胸がしめつけられる。

◆『残された者たち』小野正嗣・著(集英社文庫/税抜き440円)

 住民はたった5人の限界集落「尻野浦」。小野正嗣『残された者たち』は、そんな村の小学校が舞台。代用教員・杏奈が対するのは、たった一人の生徒・かおる。なにかと英語を使いたがる校長兼町長、ベトナムからの難民であるかおるの兄と、ここに暮らすのはすべて血のつながらない者たちだ。かおるの新しい仲間エトーくんは、黒い顔に日本語がカタコトと異星人みたい。だからこそ「濃密な世界」(西加奈子・評)とゆったりした時間が流れている。

◆『女房逃ゲレバ猫マデモ』喜多條忠・著(ハルキ文庫/税抜き740円)

『女房逃ゲレバ猫マデモ』の著者・喜多條忠は、あの「神田川」の作詞者。いきなり「女房(アイツ)」に逃げられる場面から小説は始まる。残されたのは、作詞家の「俺」と、パセリとユタカという、まだ幼い2人の子供。弁当作りから子育てが始まった。そして猫のポン太が新たに家族に加わる。この家族の物語と並行して、「俺」の少年時代の回想が語られる。安保世代の青春も。どこか滑稽(こつけい)で真剣な、家族と猫の行方を、読者はハラハラしながら見守るだろう。

◆『芥川賞の謎を解く』鵜飼哲夫・著(文春新書/税抜き830円)

 文学好きで有名な読売新聞文化部記者が鵜飼哲夫。『芥川賞の謎を解く』は、第1回から第152回まで、芥川賞の選評を読破し、選考会の裏側に迫る。同賞をもらえなかった太宰治。落選に激高し、川端の選評に噛(か)み付いた。佐藤春夫は、五味康祐「喪神」を「単色になりすぎた文壇的小説に対する輸血」として推す。結果、五味は剣豪小説で人気作家に。「“輸血”の効果は、純文学の枠をはるかに超えた」と著者は書く。ドラマチックな文壇史。

◆『任天堂ノスタルジー』牧野武文・著(角川新書/税抜き800円)

 ウルトラハンドにチリトリー、光線銃SP、ゲームボーイ等々、次々と大ヒット商品を生み出した任天堂の開発者がいた。『任天堂ノスタルジー』は、京都の花札メーカーだった任天堂を、世界のゲーム企業に押し上げた横井軍平の半生を追う。著者の牧野武文は、ITジャーナリスト。アナログからデジタルへ飛び越えた横井の発想哲学に、著者は日本のモノづくりの原点を見る。横井が遺(のこ)した「枯れた技術の水平思考」が、低迷する日本を救うかも。

◆『日本列島「現代アート」を旅する』秋元雄史・著(小学館新書/税抜き760円)

『日本列島「現代アート」を旅する』を書いた秋元雄史は、金沢21世紀美術館の館長を務めている。本書では、金沢、直島、十和田、国東半島と、各地にある、いま見るべき現代アートの傑作10点を選び、その魅力と味わい方を伝える。「見る・知る・感じる」と帯にあるように、五感を通じた体験型の鑑賞法で、敬遠しがちな現代アートが身近に。ロン・ミュエクの巨大女性像は、4メートル近くあるスーパーリアルな彫刻。これは現物を見ないと!

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年7月12日号より>

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