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岡崎 武志・評『作家の珈琲』『生きるということ』ほか

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漂う香りと流れる時間の中で

◆『作家の珈琲』コロナブックス編集部(平凡社コロナ・ブックス/税抜き1600円)

作家と酒、あるいは食をテーマにした本は多い。『作家の珈琲』は、「コーヒーと作家25人のお熱い関係」(帯文)を美しい写真と文章で覗(のぞ)き見る。

 山の上ホテルを定宿にした池波正太郎。ホテルの「ヒルトップ」の「コーヒーが私には、もっとも旨い。(中略)ブレンドの後でモカをのみ、粉を買って帰る」とコーヒー三昧(ざんまい)だった。京都では三条堺町「イノダ」が贔屓(ひいき)。高田渡が「珈琲不演唱(コーヒーブルース)」という歌にした、有名な店だ。

 詩人の北村太郎は鎌倉・小町通り「イワタ珈琲店」窓際の席に座って通りを眺めていた。ブラック、砂糖、ミルクと三段階でコーヒーを味わったという。橋口幸子は、北村とよくご一緒した知人。「なにかひとりの世界にはいっているように感じられたときには遠慮した」と回想する。

 井上ひさし、常盤新平、植草甚一、茨木のり子と、次々「珈琲」党が登場。コーヒーを飲む時間が、作家を熟成させた。読みながら、無性に喫茶店へ行きたくなる本だ。

◆『生きるということ』なかにし礼・著(毎日新聞出版/税抜き1600円)

 なかにし礼は2012年に食道がんを克服したが、今年再発。心臓を心配しつつ、手術を受けた。肉体の危機にあって「断固、生きる」ことを決意、「生と死」を凝視し、日本という国のありようを見つめた。『生きるということ』は、平和が遠ざかりつつある日本の現状を批判し、異端として生きた生涯を語る警世の書。「林芙美子の戦争協力をいま考える」「ロビン・ウィリアムズに捧ぐ」など幅広い話題に、まさしく著者の「いま」がある。

◆『氷川丸ものがたり』伊藤玄二郎・著(かまくら春秋社/税抜き1400円)

 現在、横浜山下公園桟橋に係留保存されている客船が「氷川丸」。伊藤玄二郎『氷川丸ものがたり』は、この客船の数奇な運命と歴史をたどる。1930年に貨客船として建造され、処女航海はシアトル。乗員への規律は厳しく、「軍艦氷川丸」と呼ばれた。戦中は海軍に徴用され病院船として、戦後は復員・引き揚げ船として活躍した後、ふたたび豪華客船として、人々の海外への夢を運んだ。チャップリン乗船のエピソードなど、85年の重みがこの一冊に。

◆『極悪専用』大沢在昌・著(文藝春秋/税抜き1450円)

 お待ちかね、大沢在昌の新作『極悪専用』は、なんと悪人だらけのマンションを舞台としたノワールコメディー。権力者の孫をかさに着て、クスリの売買などやりたい放題の若者が拓馬。お仕置きとして命じられたのが、マンションの管理人。ところがここは、人間の死体をゴミ処理する住人をはじめ、最凶最悪の溜(たま)り場だった。「ゴリラ」とあだ名した先輩管理人とともに、清掃、点検、管理、補修のほか、爆弾処理もアリの危険な一年の結末は?

◆『迷う門には福来る』ひさだかおり・著(本の雑誌社/税抜き1400円)

 『迷う門には福来る』の著者・ひさだかおりは、名古屋の書店員だが、業界で「迷子の名人」として有名だという。職場から家へ車で帰るのに迷子となり、気が付いたら「ちょっと考えられない場所」にいた。仲間との飲み会へ向かうのに、事前の下調べがムダになり、「なぜかたどり着けない」。地理感覚以外にも、新幹線の切符、乗り換え、銀行振込など、すべて苦手。おいおい、大丈夫かよ。極度の方向オンチが、退屈な日常をサバイバルに変える。

◆『食べるだけで、若くキレイになる方法』小針衣里加・著(サンマーク出版/税抜き1400円)

 何を食べるかもさることながら、どう食べるかも大事。『食べるだけで、若くキレイになる方法』は、「ひとくち食べるごとにはしを、はし置きに置く」「子ども用の茶碗」に盛る、「お腹がグーと鳴っても『40分』待って」など、食べすぎを防ぐちょっとした方法を教えてくれる。いまの体は5年前10年前に食べたものの蓄積でできているという小針衣里加は、ムリをせず、日々調整しながらバランスのいい食事をすることをすすめる。これなら、なんだかできそう。

◆『放哉と山頭火 死を生きる』渡辺利夫・著(ちくま文庫/税抜き800円)

 渡辺利夫『放哉と山頭火 死を生きる』は、放浪の自由律俳人の生涯と句境を通覧する。東大法卒、保険会社のエリート社員の道からはずれ、身を持ち崩していく尾崎放哉(ほうさい)。四国の庵(いおり)で独居生活の末に死んだ(「咳をしても一人」)。父の放蕩(ほうとう)、母の自殺と、孤独にもがき、不安と焦燥の末、漂泊の旅に出た種田山頭火(たねださんとうか)(「うしろすがたのしぐれてゆくか」)。なぜ敗北者に我々は惹(ひ)かれるのか。「私は放哉を生きている。山頭火を抱えもっている」(著者)。

◆『セリーナ』ロン・ラッシュ/著(集英社文庫/税抜き1050円)

 ロン・ラッシュ(峯村利哉訳)『セリーナ』は、ジェニファー・ローレンス主演により映画化。世界恐慌後のアメリカ南部で、製材会社を経営する男の妻がセリーナ。美しく、謎めいた過去を持つ女は、次第に周囲を狂わせていく。平気で殺人を犯す夫をはじめ、私益のため仲間を騙(だま)す男など、「悪」が町を支配する。そんななか、日々を生きる底辺の労働者、豊かな自然などがたっぷり描き込まれ、悪を中和する。夜のベッドに持ち込んで読みたい。

◆『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』豊島ミホ・著(岩波ジュニア新書/税抜き840円)

 こいつは驚いた。『神田川デイズ』などで知られる豊島ミホが、本書で高校時代のいじめ体験を告白。『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』は、そんなつらい体験を通じて、いま苦しみの渦中にある中高生に向けて、「憎しみ」「恨み」「傷」との向き合い方を開陳する。スクールカーストの最底辺に置かれ、保健室登校。「私に要求されたことは、『自分側』が変わることだった」。「悲しければ泣く」など、随所に有効な提言あり。

◆『サッカーは監督で決まる』清水英斗・著(中公新書ラクレ税抜き780円)

 海外での取材活動も豊富なサッカーライター・清水英斗『サッカーは監督で決まる』は、監督の仕事に注目。異なるタイプの名監督のメソッドを分析、もう一つのサッカーの面白さに迫る。人を刺激するモウリーニョ、厳父たるファーガソン、筋を貫き通すクロップ、そしてアギーレ、ハリルホジッチが目指すサッカーとは? 指導術の検証とともに、その課題も浮き彫りにし、監督という仕事の全体像が見えてくる。いやあ、孤独なものです、監督さん。

◆『耳鼻削ぎの日本史』清水克行・著(洋泉社 歴史新書y/税抜き950円)

 NHK「タイムスクープハンター」の時代考証も手がける歴史学者が清水克行。日本中世史の暗黒面を『耳鼻削ぎの日本史』で明らかに。そういえば、各地にある「耳塚・鼻塚」。あれは、戦国時代に討ち取った敵の鼻や耳を削(そ)いで埋めたもの、という伝承が。しかも無念を慰撫(いぶ)するために祀(まつ)られていたりする。著者は、長野県松本市「百瀬の耳塚」をはじめ、全国の「耳塚・鼻塚」を訪ね、忌まわしい猟奇的行為に見る中世の「思考様式」の伝承に迫る。

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◇おかざき・たけし

1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年7月19日号より>

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