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岡崎 武志・評『文学の空気のあるところ』『音楽という〈真実〉』ほか

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こんな時代にこそ、あってほしい

◆『文学の空気のあるところ』荒川洋治・著(中央公論新社/税抜き2000円)

 本に関する著作も多い現代詩作家・荒川洋治は、文芸講演にも定評があり、7編を『文学の空気のあるところ』と題し収録した。

 「昭和の本棚を見つめる」では、昭和30年代に新書で小説が出たと指摘。今の流行作家は改行が多く、新書だと空白部が多くなる。昔はもっと「小説に密度があった」という。また、新潮社「純文学書下ろし特別作品」は時代をリードしたが、同時に地味な作家(野口冨士男、耕治人(こうはると)、島村利正など)が、読者の心を満たした。それは「文学の軌道がもっとも膨らんだ」時代だった。

 くだけた口調で会場を沸かせながら、随所に文学と言語表現の本質を具体的に突くのが、荒川文学論。「高見順の時代をめぐって」では、地方の小出版社に触れ、「小さいところから始まる。そういうものを見逃さない。どれも大切に扱う」。これが「アカデミズムの精神」と聴衆を啓蒙(けいもう)する。

 濃い文学の空気に触れ、こんな時代だからこそ、やっぱり文学が大事だなと納得したのだった。

◆『音楽という〈真実〉』新垣隆・著(小学館/税抜き1300円)

 自称・音楽家の佐村河内守騒動の影武者が新垣隆。18年に及ぶゴースト生活を、『音楽という〈真実〉』で告白した。ベートーベンに憧れて音楽を始めた青年が、芝居っ気たっぷりの大言壮語の男に出会う。聴覚に問題ないことは了解済みだった。著者が見た印象は、「超然」をまとおうとしたが、それ自体が「凡庸」。暴露の記者会見までの葛藤と苦悩とともに、音楽に対する真摯(しんし)な気持ちが語られている。彼を支えたのは「『音楽』という真実」だった。

◆『こわい絵本 おとなと子どものファンタジー』(平凡社/税抜き2200円)

『こわい絵本 おとなと子どものファンタジー』は、『別冊太陽』シリーズの新刊。なるほど、子どもは怖い話が大好き。もちろん大人も。そこで、東西の「こわい絵本」を集めたのがこれ。小川未明『赤い蝋燭(ろうそく)と人魚』の絵は酒井駒子。『ハメルンの笛ふき』は19世紀の巨匠・グリーナウェイの絵で飾る。ぜいたくだ。『ハリス・バーディックの謎』は、男が残した14枚の絵が不安と謎をはらむ。たしかにこれは大人向け。夏の夜にぴったりの企画。

◆『救済のゲーム』/河合莞爾(新潮社/税抜き1800円)

 横溝正史ミステリ大賞でデビューした河合莞爾(かんじ)の長編『救済のゲーム』は、ゴルフ場を舞台とした異色ミステリー。1851年アメリカで起きた騎兵隊による先住民虐殺と、怒りの「神の木」伝説。その伝説が現代に甦(よみがえ)る。全米プロゴルフ選手権で、優勝を飾ったその日に引退を決めた王者ロビンソン。18番ホールで発見された串刺し死体。それは「神の木」伝説の伝承そのままだった。陰惨な連続殺人に巻き込まれた天才ゴルファーが、ついに真相に迫る。

◆『ネアンデルタール人は私たちと交配した』スヴァンテ・ペーボ/著 野中香方子/訳(文藝春秋/税抜き1750円)

 スヴァンテ・ペーボ(野中香方子訳)『ネアンデルタール人は私たちと交配した』はタイトルだけではわからない、人類史の起源をたどるドキュメント。生物学者の著者は、30年にわたる古代DNA研究の末、ある事実を発見する。ネアンデルタール人のDNAは、われらが祖先たる現生人類に共有されていた! 約5万年前、アフリカを出た現生人類と、中東のネアンデルタール人の間に何が? 読者は「知性」誕生に立ち会うことになるだろう。

◆『仙台ぐらし』/伊坂幸太郎(集英社文庫/税抜き540円)

 伊坂幸太郎は東北大卒で、仙台在住の作家。『仙台ぐらし』は、東北を代表する都市での日々をつづる。長年のつき合いで、この街の特殊性に気づく。タクシーが多過ぎ、運転手はみな不機嫌。あるいは、やたらと話しかけてくる他人の問題、または「あなたと一緒のお墓に入りたいな」的なれなれしさで近づく猫。そして震災。家も家族も無事だったが、ダメージを受けた。その上で思い至る。「同じことを繰り返しながらも、僕たちは前へ進んでいく」

◆『登山と日本人』小泉武栄・著(角川ソフィア文庫/税抜き880円)

「山ガール」という言葉まで生まれた空前の登山ブーム。小泉武栄(たけえい)『登山と日本人』は、そのルーツから現代までを文化史、民俗学史的に通覧する。日本人はそもそもなぜ山に登るのか。八ヶ岳山頂近くに、縄文の矢尻を発見。稲作の開始と自然崇拝は、山を信仰の対象とした。西欧では、むしろ古来「悪魔の棲家(すみか)」と忌避された、などという比較がおもしろい。趣味としての登山は、「富士講」など江戸時代から。日本人の山好きは奥深く根深い。

◆『最強の広島カープ論』二宮清純・著(廣済堂新書/税抜き800円)

「男気」黒田にカープ女子と、盛りあがる広島カープ。『最強の広島カープ論』は、自身がファンという二宮清純が、豊富な取材経験を生かし放つ、まさにカープ本の決定版。弱小、低迷の球団を変えたのは、1975年就任のルーツ監督。帽子を「赤」に、率先して闘争心をむき出しにした。江夏豊の貢献は、「江夏の21球」だけでは語れない。津田恒実が「一番速かった」と中畑清が証言。金石、小早川、西山によるスペシャル座談会が読ませます。

◆『「私の履歴書」−昭和の先達に学ぶ生き方』石田修大・著(朝日新書/税抜き780円)

 ここに執筆するのがステータス。『日経新聞』文化欄の名物連載「私の履歴書」は、1956年に開始し、来年60年を迎える。十数年、この連載を担当したのが、元・論説委員の石田修大。『「私の履歴書」−昭和の先達に学ぶ生き方』で、珠玉のエピソードと魅力ある生き方を抽出する。田中角栄、堤康次郎、竹鶴政孝、ミヤコ蝶々、田中絹代など。どんな時代に生まれ、誰と恋をし、どのように人生を歩み出したのか。身に沁(し)みる名言も満載。

◆『生きて帰ってきた男』小熊英二・著(岩波新書/税抜き940円)

 1925年北海道生まれの若者が、陸軍へ入隊、シベリア抑留生活を経て、戦後は結核療養所で闘病生活。昭和と並走した元・日本兵の名は小熊謙二。『生きて帰ってきた男』の著者・小熊英二の実父である。著者の意図は、数多い戦争体験本とは一線を画し、「戦前および戦後の生活史を、戦争体験と連続したものとして描」くことにあった。戦争の影響を、「街頭でタクシーをみかけなくなった」という証言で示すのはその一例。まさに生

◆『お墓の未来』島田裕巳・著(マイナビ新書/税抜き850円)

 『お墓の未来』は「墓のことを考えなければならないと思いつつ、相談する相手もいない人たち」への本。いわゆる密葬である家族葬や、通夜や葬式を行わない直葬が増えている昨今。墓を持つこと、維持していくことは生半(なまなか)ではない。亡くなった人を覚えておくのも大事だが、生きている人にとっては忘れることも必要という島田裕巳は、火葬した遺骨を引き取らない“0葬”をすすめる。生きている者の生活を第一にという言葉に、考えさせられる。

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◇おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年7月26日号より>

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