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岡崎 武志・評『書生の処世』『砂の王宮』ほか

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平成の“中等遊民”ここにあり

◆『書生の処世』荻原魚雷・著(本の雑誌社/税抜き1500円)

 好きな本を読んで、お酒を飲んで、眠たくなったら寝る。そんな暮らしが現代で可能か? 文筆家の荻原魚雷は、自然体でそれを実践する中央線の「神」である。

 『書生の処世』とは、うまくつけたもので、ほぼ読み書きで生活をまかなう著者の姿は、たしかに「書生」だ。明治なら高等遊民。著者の収入からすると「中等遊民」か。電車の中で本を読んでいて、降りるべき駅を乗り過ごす。クレジットカードの審査が通らない。ヤケ酒で二日酔い……。

 これは現代版『徒然草』ではなかろうか。世間から逸脱している代わり、自分が守るべきは断固として確保する。そして、本から多くの富を得る。自在に操られる文章からは、著者が愛読する、中央線の貧乏文士と、アメリカのニューコラムニストの融合もほの見えるのだ。

 震災と復興について自説を語りつつ、最後の一行が「というわけで、これから近所の小杉湯で一風呂浴びてこようとおもう」ですもの、惚(ほ)れるよなあ。

◆『砂の王宮』楡周平・著(集英社/税抜き1700円)

 終戦後の闇市から商才を発揮し、スーパーを作り上げ、大企業に成長させる。すぐに某氏を思い浮かべるが、楡周平『砂の王宮』は、塙太吉という屈折した流通王の生涯を魅力的に描き出す。太吉は神戸三宮の薬屋から、安売り大量販売のスーパーを大阪で成功させた。「消費者が求めているものを叶えれば、必ずでかい商売になる」。深町という男と手を組み、業績は上昇の一途をたどるが……。昭和から平成への日本の栄枯盛衰も垣間見える長編。

◆『ツンドラ・サバイバル』服部文祥・著(みすず書房/税抜き2400円)

 『ツンドラ・サバイバル』の著者・服部文祥の登場は衝撃的だった。装備や食料は最小限で、ときにヘビやカエルを食らい山を踏破する。名付けて「サバイバル登山」。あれから10年、狩猟を覚え、サバイバルもスケールアップした。奥秩父では最後の一発で鹿を仕留め、南アルプスでは岩壁から落下、死を直視する。それでも「登山こそ、自分が生きていると実感」できるから、ついにはロシア北極圏縦断の旅も敢行した。とぎすまされた「生」の実感。

◆『江ノ電 10キロの奇跡』深谷研二・著(東洋経済新報社/税抜き1500円)

 藤沢から鎌倉を走る、わずか10キロのローカル線が江ノ島電鉄。いまや年間乗客が1700万人超えの人気だが、かつて廃線の危機があった。元電鉄社長の深谷研二が、V字回復の軌跡を『江ノ電 10キロの奇跡』で語る。「昭和の仕事は心で成り立っており、鉄道はその典型」の信念のもと、あえて効率化や収益重視の風潮に流されず、自社路線を全行程歩いて点検するなど、地道な努力を重ねた。快適な風景の提供と安全の確保が命。すごいぞ、江ノ電。

◆『子供時代』リュドミラ・ウリツカヤ/著(新潮クレスト・ブックス/税抜き1800円)

 短編集『子供時代』の著者リュドミラ・ウリツカヤ(沼野恭子訳)は、ロシアで人気の現代作家。ここに集められた6編は、いずれもスターリン圧政下の暗い時代に生きた子どもたちの物語。「キャベツの奇跡」は、両親を亡くし「雌象」とあだ名される老婆に預けられた幼い姉妹の話。足の悪い老婆に代わって、キャベツを買いに行く姉妹に、思いがけぬ悲劇と僥倖(ぎようこう)が! 随所に挟まったウラジーミル・リュバロフのカラー挿絵がこれまたいい。

◆『仕事ができる人は店での「所作」も美しい』北村森・著(朝日新聞出版/税抜き1300円)

 「食べる、泊まる」が仕事のひとつである北村森は、仕事で有能な人は行きつけの一軒から愛されているという。そうなるための41のヒントをまとめたのが『仕事ができる人は店での「所作」も美しい』。「イカにエビ」「コハダ、マグロにタイラガイ」と五七調で寿司を注文するのは、注文を受ける人が覚えやすいようにとの心遣いだなんて、まさに粋。符丁を使わない、器を傷つけそうな装飾品は店に入る前に外すなど、さりげない心遣いのワザが光る。

◆『復刻版 少年滿洲讀本』長與善郎・著(徳間文庫カレッジ/税抜き1400円)

 没後半世紀を経て、長與善郎の旧作が文庫に! 『復刻版 少年滿洲讀本』は、1938年のベストセラーだが戦後焚書(ふんしよ)扱いに。35年に満鉄嘱託として渡満した著者が、その体験を生かし、子ども向けに書いた。中2と小6の兄弟は、父親から十分なレクチャーを受けて父子で満州へ。大連、旅順、ハルビン、チチハルなどを旅する。旅行記のかたちで著者は、満州の歴史、自然、産業、人々の暮らしを詳細に伝える。貴重な写真図版もそのまま復活。

◆『内地へよろしく』久生十蘭・著(河出文庫/税抜き760円)

 久生十蘭『内地へよろしく』は、1944年に『サンデー毎日』(戦中は『週刊毎日』)に連載された単行本未収録の銃後小説だ。十蘭は43年に海軍報道班員として南方へ、44年に帰国した。著者の分身、画家・松久三十郎は、アラフラ海を渡航する補給船に乗り込む。船長はじめ、乗組員との篤(あつ)き友情、そして帰国後、一人の女性と出会い、再び戦地へと、週刊誌連載らしく闊達(かったつ)に描く。川崎賢子の解説は作品の成立事情と時代背景を詳述する。

◆『ザ・プラットフォーム』尾原和啓・著(NHK出版新書/税抜き780円)

『ザ・プラットフォーム』の著者・尾原和啓は、リクルート、グーグル、楽天など、IT畑を歩き、現在、バリ島に居を構える。「プラットフォーム」とは、ある財やサービスの利用者の増加で価値が増幅するネットサービスのこと。いまやプラットフォームは、ビジネスというジャンルを超え、世界を大きく変える、と著者は考える。その上で、巨大IT産業の仕組みや基本原理を説きつつ、ネットサービスの何たるかを、わかりやすく解説する。

◆『イースター島を行く』野村哲也・著(中公新書/税抜き1000円)

 海に向かって建つ巨像「モアイ」で知られる、南太平洋の孤島。『イースター島を行く』は、この島を15回も訪れ、生活もした野村哲也が、カラー写真とともに読者を悠久の歴史とそこに潜む謎に誘う。かつては1万人以上も島民がいて、「モアイ倒し戦争」など独特の文化と文明を育んだが、西洋人の奴隷狩りと続く支配で衰退していった。モアイ像は宇宙人が造った? イースター島と日本の意外な縁など、楽しみながら幻の聖地について学べる好著。

◆『戦争と検閲』河原理子・著(岩波新書/税抜き820円)

 1999年に、伏せ字だらけの原本を復元した石川達三の『生きている兵隊』が中公文庫から出た。戦時中の言論統制により、発禁処分を受けたいわくつきの作品。河原理子『戦争と検閲』は、処分の理由「安寧秩序を紊乱」の中身を、公判資料や本人の日記、元の原稿などを駆使して調べ、「検閲」の実態に迫る。GHQの占領下、プレスを制限した各法令が解除されるなか「新聞紙法」のみが残された。度重なる言論統制に抗(あらが)い、石川達三が守った「自由」とは?

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◇おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年8月2日号より>

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