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漫画で解説

戦時下のくらしの巻

「ぜいたくは敵」の時代 貧しい食生活と空襲におびえる日々

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善蔵は、文太の作るナポリタンは最高だと褒めていますが… 文太はそんなお世辞を言っても無駄だと言っています。 賢一は、善蔵がピーマンを残していることに気がつきました。 賢一は、図書館で戦時下の人々の暮らしについて 勉強してきたようです。 第二次世界大戦末期、多くの人々は満足に食事を することもできませんでした。
当時は食べられても、麦飯や漬物、 イモなどの質素な食事でした。 戦争の長期化で食料や生活必需品は配給制になり、 都市部の子供たちは、空襲被害を避けるために 地方へ集団疎開していました。 しかし満足な食事はなく、みんなおなかをすかせていました。 本当に窮すると、蛇やカエル、イナゴなども食べたそうです。 時々届く煎り大豆がごちそうで、子供たちは争うように1粒をもらおうとしたそうです。
戦時下は服装も質素でした。 1940年に「国民服令」が制定され、 男子はカーキ色の服にゲートル、女子は空襲の時動きやすい もんぺの着用が奨励されました。 派手な服装の女性は警官に注意されたそうです。 また、女性たちは出征する兵士のために千人針というお守りを作っていました。 1942年には衣類も切符制になり、 手ぬぐいから縫い糸まで点数に応じて配られたそうです。
家も安全な場所ではありませんでした。 空襲の標的にされないよう灯火管制が敷かれ、 空襲警報が鳴る度に人々は防空壕(ごう)に逃げ込みました。 末期には武器を作るため家庭の金属類を回収する命令が出され、 貝殻のおたまなど代用品が使われました。 中学校以下の学生は戦争物資を作る工場で働くことが義務付けられ、 女性たちも竹やりで敵と戦う教練や防火訓練を強いられたそうです。 文太は、賢一にスイトンを出しました。 賢一はおいしいと言いながら食べています。 スイトンは戦時中の食べ物ですが、 当時は今のようにだしも肉もなかったため、 現在のものとは別物だそうです。 おいしいものが食べられるって幸せなことなのですね。

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