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岡崎 武志・評『冥途あり』『犬たちの肖像』ほか

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亡き父の生きた証しを求めて

◆『冥途あり』長野まゆみ・著(講談社/税抜き1500円)

 驚いた。予備知識なしに読み始めたが、長野まゆみ『冥途あり』は大変な傑作だった。標題作と「まるせい湯」の中編2編から成り、ともに亡くなった父の話だ。

 語り手の真帆は、焼き場で骨となった父のことを、「東京生まれ東京育ち」以外、詳しく知らないことに気づく。「文字職人」(書家のことらしい)だった父には、じつは秘密が。昭和20年8月6日、広島にいて被爆していた。

 しかし、著者はそのことを深刻には語らない。現在と過去を行きつ戻りつしながら、一族の面々を紹介し、東京の東西の地誌を詳細に叙述する。いわばコラージュの手法で、父の人生を浮き彫りにしていくのだ。その手並みが鮮やかで、読者は気が付けば、真帆の実家の茶の間に座り込んでいる。

 「冥途あり」は「毎度あり」、「まるせい湯」は「マルセイユ」とタイトルはいずれもダジャレ。このまったく新しい語り口による小説は、くつろがせながら、人生の真実に肉薄する。なんとも凄(すご)い作品に出会えてうれしい。

◆『犬たちの肖像』四方田犬彦・著(集英社/税抜き1800円)

 人間ともっとも身近な存在なのが「犬」。自身、愛犬家だという四方田犬彦が、『犬たちの肖像』でやってのけたのが、おびただしい文学(一部、映画やマンガ)からの引用による、「犬」の考察とイメージの変遷。なにしろ始まりはホメロスだ(「そこに臥(ね)ていた一匹の犬が」)。シートン、馬琴、ブニュエル、鏡花、吉岡実、つげ義春、谷崎と川端などなど。「人類の文明の根底には犬への信頼と愛情が横たわっている」と著者は確信している。

◆『昭和を語る』鶴見俊輔・著(晶文社/税抜き2200円)

 戦後70年の節目。鶴見俊輔による座談『昭和を語る』は、司馬遼太郎、都留重人、開高健、中沢新一など13人の語り手を迎え、日本の来し方行く末を論議する。古関彰一、河合隼雄とは日本国憲法の意義と日本人の憲法意識について、開高健とは焼け跡の記憶と政治宣伝の怖さについて語る。鶴見は「特攻」はまちがっていたと言うと同時に「そのまちがいに対する敬意をもっています」とも。今迎える危険なカーブのハンドルさばきを本書から学びたい。

◆『消えるオス』陰山大輔・著(化学同人/税抜き1600円)

 ショッキングなタイトルの『消えるオス』の著者・陰山大輔は、応用昆虫学・進化生物学の研究者。この世から男性がいなくなったら? 昆虫の世界ではそれがありうる。細胞に寄生する細菌は、役立たずのオスを抹殺し、性転換も可能にする。ときに種を根絶させることも! 著者は世界各地で起こる微生物と昆虫の戦いを紹介しながら、生物界の不思議へと読者を導く。「メス化作用によってオスが死ぬ」なんて聞くと、人間世界の話かと錯覚しそう。

◆『暗渠マニアック!』吉村生、高山英男・著(柏書房/税抜き2200円)

 秘境駅、廃線跡、国道萌えなど、マニアの視点は細分化しつつあるが、ついに今度は『暗渠(あんきよ)マニアック!』。吉村生、高山英男の二人の「暗渠マニア」が、街歩きをしながら、地面に隠れた「川の抜け殻」に思いを馳(は)せる。「米穀店」「銭湯」「井戸」などは暗渠の存在を示唆するサイン。そのルックスに多彩なバリエーションあり。暗渠探しから見えてくる湧水の存在。「暗渠スイーツ」など、バカバカしいコラムもあり、ハマっていく自分が怖い。

◆『最後の祝宴』倉橋由美子・著(幻戯書房/税抜き3800円)

 2005年に69歳でこの世を去った作家・倉橋由美子。生前の倉橋と親交のあった翻訳家・古屋美登里の編集により8冊目のエッセー集『最後の祝宴』が刊行された。作品ノートや文学論、書評もさることながら、倉橋の作品を「速製模造品」「悪趣味」などと批評した江藤淳への反論が収められているのは貴重だ。「模作のたのしさに憑かれなかったとしたら、わたしは小説を書きはじめることもなかったでしょう」という倉橋の言葉が軽やかで清々しい。

◆『イーハトーブ探偵 山ねこ裁判』鏑木蓮(光文社文庫/税抜き560円)

 鏑木蓮『イーハトーブ探偵 山ねこ裁判』は、「賢治の推理手帳」シリーズの第2弾。表題作ほか全5編を収録する。「哀しき火山弾」は大正12年、前年に妹トシを亡くし悲嘆にある賢治と、親友の嘉藤治が、採石場で下敷きになり死んだ男の調査を依頼される。現場に残された黒い粉から、賢治は意外な結論を導き出す。「山ねこ裁判」では、密室から盗み出された家宝の掛け軸の行方を、大胆に推理する。賢治ファンの心をくすぐる仕掛けが随所に。

◆『もののはずみ』堀江敏幸・著(小学館文庫/税抜き570円)

 堀江敏幸『もののはずみ』は、フランスの蚤(のみ)の市や古道具屋で、「もののはずみ」で買ったものたちとの出会い、そこに垣間見る表情をつづった名エッセー。地下鉄の高架下で開かれた古物市で買った白い陶製のドアノブは、「皮を剥(む)いたゆで卵みたい」で、予想外の重さに驚いた。第一次大戦で兵士が使った木製トランクには、買ったばかりの古本を詰めた。「もの」には「心」がある、と知る。片岡義男による二つの解説に、書き下ろしを加えて復刊。

◆『月世界小説』牧野修・著(ハヤカワ文庫/税抜き980円)

 『月世界小説』の著者・牧野修は、『傀儡后(くぐつこう)』で第23回日本SF大賞を受賞。作家の菱屋は友人とゲイパレードに参加。青空に天使を見たかと思うと、突如大地震に見舞われる。地が裂け、巨岩が友人を押しつぶす。直後、菱屋は妄想の冷たい砂漠に降り立ち、彼を迎えた生物は「月世界へようこそ」と告げるのだった。日本語を失った戦後世界、言語を巡る神の策謀、そして言語戦争が始まった。現代SFの到達点を示す、書き下ろし長編。

◆『文系の壁』養老孟司・著(PHP新書/税抜き780円)

 『バカの壁』の養老孟司が、4人の理系を代表する知性と、『文系の壁』について語り合う。日本人が求めているのは「反省の言葉」だが、「言葉で反省する人の方がむしろ危ない」と警鐘を鳴らす森博嗣は、作家で工学博士。STAP細胞の捏造(ねつぞう)を告発した大宅賞受賞の記者・須田桃子は、「高校でも生物学」を選択しなかった門外漢だと告白。養老は「生物学じゃなくて、フィールドサイエンス」と捉えるべき、と言う。読めば、文系、理系の認識が変わる。

◆『高校野球 熱闘の100年』森岡浩・著(角川新書/税抜き800円)

 また熱い夏がやってきた。今年8月、高校野球は100周年を迎える。森岡浩『高校野球 熱闘の100年』は、今も語りぐさになる、甲子園の怪物たちにスポットを当て、高校野球の魅力に迫る。元祖「怪物」と呼ばれた江川卓、不滅の20勝を打ち立てた桑田・清原の「KKコンビ」、あの松井を伝説にした「5打席連続敬遠」、「決勝でノーヒットノーラン」の快挙は松坂大輔。どれも記憶に残る一球、一打の陰に、知られざるドラマと秘話あり。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年8月9日号より>

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