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<毎日新聞1945>終戦の日に伝えた広島原爆 検閲の空白、逃さず

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 「一台の電車が焼けた残骸のままとなっていた。遠目から見るとその中に人がずらりと並んでいる。奇妙なところで休息しているものだと近寄って見ると何とこれがすべて死体なのだ」「腰掛けた人はその姿のまま、つり革に下がっていた人々は右手でつり革に下がったままの姿で折り重なっている」

 1945年8月15日、毎日新聞大阪本社版に原爆投下後の広島の惨状を伝えるルポ記事が載った。同様の記事は東京本社版にも。この日、新聞は正午の玉音放送終了後に配るよう指令が出ていた。

 毎日新聞1面は、昭和天皇の声で国民が聞いたばかりの「終戦の詔書」。裏面はルポ記事を中心に原爆を分析する関連記事を展開した。戦争終結に伴い、政府と連合国軍総司令部(GHQ)との権力の空白期間に生まれた検閲体制の間隙(かんげき)を縫って掲載された。

 ルポは原爆投下から3日後に現地入りした大阪本社社会部の西尾彪夫記者が執筆した。広島に到着して「その焼け跡の清掃の行き届いているのにまず感激した」が、実は「爆風が真上から作用したので各建物はぺしゃんこに押しつぶされ(中略)劫火(ごうか)がその跡を一なめに焼き尽くしたのだ」とあり、情報がほとんどないまま惨状を目の当たりにした驚きを伝えている。

 当時、東京本社の社会部デスクだった高原四郎氏は「電話送稿されてきたその原稿は、とても検閲は通らないむごたらしいものだったので、私は他の原爆解説記事などと一緒にデスクの引き出しの奥にあたためておいた。それが、検閲方針の180度転換で掲載できることになった。明日の社会面はこれだと思って、一括して(紙面をレイアウトする)整理部に渡した」と「決定版・昭和史第12巻」で回想する。紙面には、日本の核物理学の権威とされた仁科芳雄博士による解説や放射線被害を警告する記事、米国による開発過程を伝える外電なども添えられた。

 終戦まで毎日新聞は連日、原爆に関する記事を載せたが、その多くは当局の発表や厳しい検閲を受けたものだった。初報は8日、「敵、広島市攻撃に新型爆弾を使用す」との見出しで大本営発表を掲載した。9日には、広島を視察した軍関係者の調査結果として「敵の新型爆弾は、結局驚くほど高性能のものではなかった」「防空服と地下壕(ごう)で威力を封殺できる」と現実離れした内容を伝えた。

 11日には西尾記者のルポ記事も載った。「直射光線さえ受けねば火傷(やけど)はしない」「コンクリート建物は殆(ほとん)ど無事」など、15日のルポとはまるで別人の記事だ。「半裸体になって体操をやっていたものに犠牲者が多かった」と被害を伝える言葉の端々に実態を伝えようとする努力がうかがえる。

 終戦を境に記事は変わった。23日には死者6万人、負傷者12万人以上の数字と共に、負傷者は「ウラニウムの特殊作用によって漸次悶死(もんし)する」と後遺症の深刻さを訴えた。9月13日には「ピカドンの悲劇を超えて」の見出しで、入院中の被爆者の病状を知らせた。

 GHQは進駐後、9月19日にプレスコード(日本に与える新聞規定)を発表し、連合国に対する批判全般を禁止した。特に原爆に関しては、米国による核兵器情報の独占や、非人道的との批判を回避するため厳重な統制下におかれ、新聞記事は激減した。【伊藤絵理子】

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