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岡崎 武志・評『天野さんの傘』『独りでいるより優しくて』ほか

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その生き方がつづられている

◆『天野さんの傘』山田稔・著(編集工房ノア/税抜き2000円)

 この人の本がカバンに入っていると、その日一日、何となく心が豊かになる。そう考えている人は少なくないはず。山田稔『天野さんの傘』は、待望の新刊エッセー集だ。

 生島遼一、伊吹武彦、天野忠、富士正晴、松尾尊兌など、いずれも生前親交のあった関西の文人たちが登場する。表題作は詩人の天野忠が亡くなった時にもらった、香典返しの傘の話。全体に大きく、少し重い。もったいなくて長く使わずにいた傘だが、ある時、意外な事実を知る。

 「富士正晴という生き方」では、「反りを合わせようとはせずにかたくなさを守りぬいた」文学者の「流れのなかに残る一本の杭」のような姿に、深く共感する。それが端正な文章でつづられる時、うまい水を飲んだ気分になるのだ。

 著者の記憶の中から、親しく召還される人たちの、なんと魅力的なことか。早く読むのがもったいない。それなのについついページをめくる手が速くなる。ああ、もう一度、最初っから読み返そう。

◆『独りでいるより優しくて』イーユン・リー(河出書房新社/税抜き2600円)

 『千年の祈り』で、短編の名手と謳(うた)われたイーユン・リーの新作は長編。『独りでいるより優しくて』(篠森ゆりこ訳)は、意味深なタイトル通り、読者の心に深く迫る。長く病床にあった若い女性の死から物語は開幕する。彼女の死因は毒殺という疑惑が。かつて高校生だった友人の3人のうち誰が犯人? 謎が、生き残る者たちの人生を支配し、心がばらばらになっていく。ミステリータッチながら、著者は内面を深く掘り下げ、重厚な作品を紡ぎあげた。

◆『GHQと戦った女 沢田美喜』青木冨貴子・著(新潮社/税抜き1500円)

 戦後、占領下の日本。米兵と日本女性との間に産み落とされた子どもたちがいた。青木冨貴子『GHQと戦った女 沢田美喜』は、そんな子どもたちを収容する施設「エリザベス・サンダース・ホーム」を開いた沢田美喜の物語。美喜は、三菱財閥の令嬢ながら、家財を売り払い施設を開いた。進駐軍からの圧力を跳ね返し、信念を貫き通した。その強さはどこから来るのか。岩崎家の歴史を繙(ひもと)き、その栄枯盛衰の中から、一人の女性の波乱の生涯が描かれる。

◆『保育園義務教育化』古市憲寿・著(小学館/税抜き1000円)

 古市憲寿が幼児たちといる写真が表紙に。『保育園義務教育化』は、テレビなどでもおなじみ、若き社会学者が、日本の保育園問題にメスを入れる。待機児童が解消されず、出産育児の費用は高額。そんな状況を解決するのが「保育園の義務教育化」。少子化解消はもとより、良質な乳幼児教育が学力を向上させ、児童虐待を減らし、社会全体のレベルをアップさせる。孤立化する「お母さん」たちの立場にも言及し、日本の問題点を育児から洗い出す。

◆『第二次世界大戦映画DVDコレクション』第1巻『トラ・トラ・トラ!』(KADOKAWA/税抜き925円)

 『第二次世界大戦映画DVDコレクション』全50巻が創刊された。第1巻は『トラ・トラ・トラ!』。真珠湾攻撃に始まる日米の攻防を、壮大なスケールで描いた。本作は幻の日本公開版を初のDVD化。復刻劇場ポスターや、映画の背景を理解するための特別寄稿あり。続いて「大脱走」「戦場にかける橋」「地上(ここ)より永遠(とわ)に」「太陽の帝国」などが発売予定。あの大戦を、映画史を飾るハリウッド映画を観ることで、再検証する。次号からは1750円。

◆『中島らもエッセイ・コレクション』小堀純・編(ちくま文庫/税抜き950円)

 泥酔の末、階段から落ち昇天した中島らも。享年52。小堀純編『中島らもエッセイ・コレクション』を読めば、高次のエンターテインメントを生きた人であることがわかる。酒、ドラッグ、文学、ロック、演劇、性と恋など、体験した何一つムダにはしなかった。しかも、大いに笑わせられる。「五十代にして、すでに人の何倍も生きたであろう濃い時間」と編者は言う。こんな人、めったにいない。今読むと、「死」の気配に満ちていることに驚く。

◆『原民喜全詩集』原民喜・著(岩波文庫/税抜き500円)

 広島での原爆被災を詩的文体で昇華させた小説『夏の花』。その著者原民喜はまた、多くの詩を書き残した。『原民喜全詩集』は、没後すぐに刊行された詩集に、拾遺や全集未収録作品も収める。「ヒロシマのデルタに 若葉うづまけ 死と焔の記憶に よき祈よ こもれ」(「永遠のみどり」)、「死が死をまねき罪が罪を深めてゆく今 一すぢの光はいづこへ突抜けてゆくか」(「讃歌」)ほか、どの詩行にも深い怒りと鎮魂が込められている。

◆『火山はすごい』鎌田浩毅・著(PHP文庫/税抜き700円)

 今年に入り、箱根山の火山活動の活発化、口永良部島の噴火と不安な状況が続いている。東日本大震災以降、千年ぶりに「大地変動の時代」に入ったと指摘するのは火山学を専門とする鎌田浩毅。2002年6月に刊行されたものを大幅加筆・再編集し、新たにあとがきを加えて文庫化したのが『火山はすごい』。火山噴火、首都直下地震、南海トラフ巨大地震の三つが喫緊の課題であり、「地震・火山庁」の設置が急務であると指摘。待ったなしだ。

◆『イタリア「色悪党列伝』ファブリツィオ・グラッセッリ/著(文春新書/税抜き780円)

 カエサルからムッソリーニまで、イタリア男といえば、セックスと権力がお好き? ファブリツィオ・グラッセッリ『イタリア「色悪党(いろあくとう)」列伝』は、「悪くて、凄くて、モテまくった 歴史を動かした7人のイタリア男たち」(帯文)の列伝。古代ローマの色悪カエサルが寝取った女は数限りなく、兵士たちは「男たちよ、妻を隠しておけ」と叫んだ。ダ・ヴィンチは女にも男にもモテたことを、男弟子の目から描くなど、小説風に味付けされ読みやすい。

◆『軍艦島』黒沢永紀・著(じっぴコンパクト新書/税抜き850円)

 世界遺産登録後、上陸観光客は増加し続け、注目の『軍艦島』。15年前には打ち捨てられていたこの島の魅力をアピールしたのが黒沢永紀。明治初期から約100年にわたり、石炭の採掘拠点として稼働した炭鉱の島は、まさに日本近代化の象徴であった。最盛期5000人が暮らしたコンクリート島が、閉山後、廃虚となる。しかし、見捨てられた歴史が、建造物の劣化と植物の繁殖で、この島に新たな魅力を作った。本書は、その数奇な運命をまとめる。

◆『日本の大問題「10年後」を考える』一色清、姜尚中・著(集英社新書/税抜き780円)

 『日本の大問題「10年後」を考える』は、一色清と姜尚中がモデレーターとなった連続講演「本と新聞の大学」の講義録。佐藤優、宮台真司、大澤真幸、上野千鶴子など、いずれ劣らぬ論客が、日本の10年先を見通し、直面する問題を討議する。反知性主義、医療問題、グローバル化、教育問題、超高齢化、格差社会、ナショナリズムなど分野はさまざま。宮台は、社会の空洞化により「感情の劣化」が起きていると指摘するなど、講義録ながら読みでがある。

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※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年8月16日号より>

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