日航機事故30年

その時、羽田空港管制室は…元管制官の平田正治さん 墜落までレーダーで追った状況を証言

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30年前の航空管制用レーダー。写真は札幌航空交通管制部
30年前の航空管制用レーダー。写真は札幌航空交通管制部

1985年8月12日、着陸担当の「東京アプローチ」

 520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から12日で30年。事故当時、羽田空港の管制官として墜落までの過程をレーダーで追った平田正治さん(66)が、管制室の状況を毎日新聞に初めて証言した。レーダー上をさまよう事故機のマーク。懸命に操縦室との交信を続ける管制官たち。証言からは、当時の緊迫した状況が生々しく伝わってくる。

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