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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『悲素』『私たちは塩を減らそう』ほか

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もっとも恐るべきものは何か

◆『悲素』帚木蓬生・著(新潮社/税抜き2000円)

     読む目が釘(くぎ)付けになる。濃密で鮮烈な大著が帚木蓬生『悲素(ひそ)』。無差別に被害者を出して記憶に新しい、和歌山カレー事件がモデルだ。人間社会を闇に閉ざす「毒」を、医学的所見から描き出す。

     九州大学で「中毒学」を研究する医師・沢井が、1998年夏、和歌山の夏祭りで起きたカレー中毒事件の被害者診察とカルテ分析を県警から依頼される。週に一度、泊まりがけで和歌山入りする沢井が知ったのは、事件の背後にある「底なし沼」のような、毒がらみの悪意であった。

     カレー事件から遡(さかのぼ)り、鬼夫婦が仕掛けてきた保険金目当ての殺人。著者は現役医師の立場から、「砒素(ひそ)」の恐怖と、サリン事件を含む人間と「毒」の関係についても詳述していく。読者は事件の根深さとともに、「毒」より怖いのは人間だと知るだろう。

     沢井の懸命な医学的分析と証明は、やがて犯人を追いつめる。これは「医学の勝利」だった。医学の存在意義を小説を通し問うてきた、これは帚木蓬生の到達点だ。

    ◆『私たちは塩を減らそう』前田司郎・著(キノブックス/税抜き1600円)

     これが才能というものか。短編集『私たちは塩を減らそう』の著者・前田司郎は、映画監督、脚本家、小説家、そして俳優と多方面で活躍。表題作は「私は塩を減らそうと思っている」と、唐突に恋人に向かって話す30歳目前の女性が登場。彼氏も「俺、美味しい匂いのする草の場所知ってるんだけど」などと言う。噛(か)み合わない会話の堂々巡りに「いま」の気分がある。「お米を宝石だと言う人」「ウンコに代わる次世代排泄物ファナモ」ほかを収録。

    ◆『日本人ビジネスマン、アフリカで蚊帳を売る』浅枝敏行・著(東洋経済新報社/税抜き1800円)

     浅枝敏行『日本人ビジネスマン、アフリカで蚊帳(かや)を売る』はタイトルからして興味津々。人口増加率はアジアの2倍、急速に経済成長するアフリカ。マラリア駆除が深刻な途上国で、著者は防虫蚊帳「オリセットネット」販売のビジネスを立ち上げる。当初は売れずに在庫の山。しかし、9・11テロをはじめ、世界の変化を見逃さず、事業を拡大していく。ケニアではついにトップシェアへ。どこに勝機があるか。世界ビジネスでの戦い方を教えてくれる。

    ◆『一時帰還』フィル・クレイ/著 上岡伸雄/訳(岩波書店/税抜き2400円)

     全米図書賞を受賞したのが短編集『一時帰還』。フィル・クレイ(上岡伸雄訳)は実際にイラク戦争に出征し、除隊した「帰還兵」だ。各編で異なる一人称の語り手を用い、戦場の各場面を多彩に描く。「遺体処理」の高卒の兵士は、遺体安置室でさまざまな死体を目撃し、帰還するも友人たちと噛み合わない。表題作のイラク派遣から帰還した男は、平和な日常に馴染(なじ)めず、むしろイラクへ戻りたいと願う。大義なき戦争と、銃後の無力を描き出す力作。

    ◆『にっぽんのおにぎり』白央篤司・著(理論社/税抜き1400円)

    『にっぽんのおにぎり』と、タイトルを口に出しただけで笑みがこぼれる。フードコーディネーターの白央篤司が、47都道府県を、おにぎりにしてにぎってみせた。たしかに、「食」に地域の特色が出る。大阪は「昆布」、奈良は「奈良漬け」、和歌山は「梅干し」と、にぎれば「地域食」の基本が見えてくる。富山は「1年間で昆布を購入する額」が全国一位。ならば、とろろ昆布で覆ったおにぎりだ。美しいカラー写真で見て楽しい、おにぎり風土記。

    ◆『戦地で生きる支えとなった115通の恋文』稲垣麻由美・著(扶桑社/税抜き1300円)

     ミンダナオ島で「ミンタルの虎」と呼ばれた男は、リュックの中に氷砂糖と干しぶどうと妻からの手紙だけを持って復員した。大正生まれでおとなしい妻が「愛すればこそ」「恋しいお父様」と率直な愛を表現したその手紙は、『戦地で生きる支えとなった115通の恋文』として稲垣麻由美により書籍化された。晩年認知症を患った夫は、神社仏閣で泣きながら小石や鳥の死骸を拾い、持ち帰ったという。死はつらい、でも生きるのも苦しい。それが戦争だ。

    ◆『わたしのブックストア』北條一浩・著(アスペクト文庫/税抜き800円)

     全国から本屋が消えていくなか、個性的な店を古書店含め紹介するのが、北條一浩『わたしのブックストア』。たとえば店内で亀を飼うのは倉敷「蟲(むし)文庫」。熊本市随一のにぎわいから離れて、路地で静かに営業するのが一人書店の「橙(だいだい)書店」。東京・阿佐ヶ谷の「古書コンコ堂」では、「雑多な本の海から自分だけの一冊」が探せる店。著者は、そんな店へ、友人に会うように出かけて行く。文庫版に新たに増補。話題の又吉直樹インタビューもあり。

    ◆『夏おにぎり』和田はつ子・著(ハルキ文庫/税抜き600円)

     和田はつ子の書き下ろしによる、「料理人季蔵捕物控」シリーズ第2弾は『夏おにぎり』。例によって市井の料理屋「塩梅屋」主人・季蔵が、とびきりおいしいものを作りながら事件の謎を解く。季蔵の「滋味そうめん」で、亡き妻の「味」に巡り会え、積年の思いを叶(かな)える医者・岡野玄良。実は、季蔵が打ち明けたのは、元許嫁(いいなずけ)の瑠璃が正気を失った事情と、玄良への治療の依頼。そこへ殺人事件が……。おいしい料理でつながっていく江戸の人情物語。

    ◆『よみがえり』ジェイソン・モット/著 新井ひろみ/訳(ハーパーBOOKS/税抜き852円)

     ハーパーコリンズ・ジャパン社からミステリー文庫が新創刊された。『よみがえり』は、ジェイソン・モット(新井ひろみ訳)のデビュー作だ。アメリカの静かな町で暮らす老夫妻は、50年前、8歳の息子を川の事故で亡くしていた。ところがある日、玄関先に立っていたのは、死んだ当時のままの息子だった。しかもそのとき、世界各地で同じような「よみがえり」が多発していた。非現実の中に、現実の親子愛と人間ドラマが描き出される。

    ◆『英語化は愚民化』施光恒・著(集英社新書/税抜き760円)

     日本政府が2014年に打ち出したのが「公用語を英語とする英語特区をつくる」という提言。公共の場では英会話のみ、書籍・新聞は英語媒体に。グローバル化の旗印のもと、英語化が加速する。そんな流れを批判するのが、施光恒『英語化は愚民化』だ。政治学が専門の著者は、このままいけば、中間層は没落し、格差が固定化すると断言。むしろ日本の良さと強みが壊され、果ては国力が低下することを危ぶむ。母語の大切さを再認識する書。

    ◆『無電柱革命』小池百合子・松原隆一郎/著(PHP新書/税抜き800円)

     美しいと称賛される日本で、景観を台無しにするのが電柱と張り巡らされた電線。小池百合子・松原隆一郎は『無電柱革命』で、この弊について語り、打開策を示す。欧米や、中国、韓国ではすでに無電柱化が進むという。日本でも「無電柱化推進法案」が議員立法として成立。これを推進するのが小池だ。災害時にも、電柱は救助の妨げになる。社会経済学者の立場から、無電柱化に関係する諸団体を分析してきた松原とともに、電柱のない町を模索する。

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    ※ 3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

    おかざき・たけし

     1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

    <サンデー毎日 2015年8月23日号より>

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