SUNDAY LIBRARY

INTERVIEW いしいしんじ

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷

いまこの瞬間以外すべて巨大な「昨日」の積み重ね

◆『悪声』いしいしんじ・著(文藝春秋/税抜き1800円)

 いしいしんじさんの最新作『悪声』は700枚、2年半をかけた書き下ろし。主人公の名前は〈なにか〉。廃寺のコケの上で見つかった赤ん坊は、「ええ声」の持ち主だった。〈なにか〉は成長するにつれ、さまざまな人と出会う。要約を拒絶するこの物語は、奔流のように進む。

 待ち合わせの場に現れるなり、いしいさんは「何でも聞いてください。ぼくは自分の小説を読み返さないので、人から指摘されてそうだったのかと気づくことが多いんです」と言う。全体の構造を決めずに書いていくのが常だが、今回は特に感覚にまかせて書いたそうだ。

「視覚や聴覚などの五感がつながっている小説が書きたかった。音楽家からは『音楽みたい』、画家からは『絵が見える』と言ってもらえるような。言葉で共感覚を呼び起こしたいんです」

 〈なにか〉も、彼と愛し合う〈あお〉も、異常に早熟な子どもである。

「幼いからこそつかめるものがあると思うんですね。昔書いた『ぶらんこ乗り』に5歳の少年が書いた文章が出てきますが、あれはぼく自身が子どものときに書いたものなんです。30代でそれを発見して、言葉のぎりぎり向こうに足を踏み出そうとしている様子に感動しました。今回の作品にも、かつての自分が反映されていると思います」

 数々のオノマトペや方言が駆使されるとともに、京都、大阪、松本、アムステルダム、アメリカ中西部のシエラネバダなど、さまざまな土地が出てくる。

「以前は、小説に地名などの固有名詞が使えなかったんです。具体的な風景をたくさん描いたのは、初めてのこと。シエラネバダも高校生のときに旅しています。この作品に出てくる京都弁は、町なかから離れたあたりでのしゃべり方です。自分に縁のある土地や言葉を総動員して書いていますね」

 〈なにか〉は〈あお〉と結ばれるが、二人には不幸が訪れる。

「ぼくの小説には、唐突に理不尽がやってくることが多いみたいですね。淡々とした日常を描いていても、悪いことに傾きそうな予感が常にある。でも、人間には背負わされてしまっているものがあると思うんです。それが幸せなのか、不幸なのかは簡単には決められない。その理不尽にどうリアクションしていくかを描きたい。どんなマイナーなメロディーでも、少しずつ未来に向けて進んでいく様子をね」

 いしいさんの4歳のお子さんは最近、いつの出来事でもすべて「昨日」のこととして話すのだという。

「この小説を書いている間、いまの瞬間以外はすべてが『昨日』のように感じていました。巨大な『昨日』の積み重ねが物語になっているように思います」

 書き終えた瞬間の感覚はどうだったのだろうか。

「それまでずっと聴こえていた音が消え去って、すごく気持ちのいい静けさがありました。それで『終わった』と思ったんです。この小説は途中読みにくいけれど、最後にきれいな場所にたどり着くので、頑張って読んでほしいです」(構成・河上進)

−−−−−

いしい・しんじ

 1966年、大阪府生まれ。94年『アムステルダムの犬』でデビュー。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲治文学賞、12年『ある一日』で織田作之助賞を受賞。他に『ポーの話』『その場小説』など。今月『港、モンテビデオ』を刊行予定

<サンデー毎日 2015年8月23日号より>

あわせて読みたい

注目の特集