日航機事故30年

羽田の整備士が語る123便 再発防止に「記憶語り継ぐ」

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日航の鈴鹿靖史監査役=東京都品川区の同社で2015年7月29日、米田堅持撮影
日航の鈴鹿靖史監査役=東京都品川区の同社で2015年7月29日、米田堅持撮影

 日航ジャンボ機墜落事故が起きてから30年の間に、日本航空は整備トラブルなどを連続して起こしたために業務改善命令を受け、経営破綻にも直面した。一方、世界の航空界では情報技術(IT)を中心にした新技術、格安航空会社(LCC)などの新ビジネスが登場している。環境の激変の中で、事故防止の最前線である整備現場はどう変わったのか。ジャンボ機事故当時は整備士だった鈴鹿靖史・同社監査役(58)が証言する。

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