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不知火のほとりで

石牟礼道子の世界/30 戦争

 <日曜カルチャー>

鳥も生あるものなれば

 1943年、水俣実務学校を卒業した石牟礼道子さんは代用教員として田浦(たのうら)国民学校に勤めた。師範学校出の正規の男性教員が片っ端から軍隊に取られ、教師が払底していた。県内最年少の16歳の先生である。以後、47年に退職するまで約4年間、多感な年ごろの子供たちと交わる。

 「一番チビの私は真ん前の席。道子先生は静かにみんなを見守っておられる。今にして思うと観音さまです。…

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