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岡崎 武志・評『血の弔旗』『スクラップ・アンド・ビルド』ほか

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「昭和」という時代を問い続ける

◆『血の弔旗』藤田宜永・著(講談社/税抜き2200円)

 藤田宜永が渾身(こんしん)の力を込めて放つ新作長編が『血の弔旗』。事件の発端は1966年8月15日、東京・目黒の住宅地。3人の男が屋敷に忍び込み、現金11億円を強奪する。金融業で財を成した人物の闇の金だった。主犯格の謙治は彼の運転手。完全犯罪のはずが、女性を銃殺したことが予定外だった。

 犯人グループの共通点は、たった一つ。1944年、疎開先で知り合った小学生同士だったのだ。彼らの身元を明かすのは、出征した教師の血染めの日章旗。果たして、彼らは約束の日まで、無事でいられるのか?

 借金を抱える仲間と違い、動機なき謙治の胸に「自分は一体、何をもって満たされようというのか」という焦燥感だけがあった。著者は犯罪者グループを通して、戦後をひた走る日本の姿を描き出す。「バラが咲いた」、金嬉老、そして3億円事件……。

 激動の「昭和」を思いながら、読者はなぜか犯罪者たちの心情に加担していくだろう。苦い後味は、「昭和」の味でもある。

◆『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介・著(文藝春秋/税抜き1200円)

 今季、又吉直樹の芥川賞受賞は大きな話題となった。その陰に隠れてしまったが、同時受賞は羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』だ。新卒で勤めた会社をやめ、ただいま無職の健斗は28歳。花粉症に悩まされながら行政書士の勉強中だ。同居する祖父は、デイサービスに通う要介護老人で、「早う死にたか」が口癖の「かまってほしがりや」。その一種の甘えに疑念を持つ孫は、ある計画を思いつく。孫と老人との心理的攻防をユーモアを交え描く中編。

◆『署長・田中健一の憂鬱』川崎草志・著(光文社/税抜き1500円)

 川崎草志の新作長編『署長・田中健一の憂鬱』は、そのままドラマか映画になりそう。東京大学を卒業し、地元の市役所にでも、と考えていた健一は、愛媛の小さな警察署の署長に就任する。田んぼと畑、コテコテの刑事に囲まれた警察署に、まったくやる気なしの署長誕生。早く帰って趣味のプラモデルを作りたい。ところが、次々起こる難事件を、本人の意志とは別に、なぜか解決してしまう。秘書役の美人巡査部長が華を添え、読ませどころ満載。

◆『新聞のある町』四方洋・著(清水弘文堂書房/税抜き1500円)

 地方に根付き、密接な情報を提供するのが「地域紙」。新聞退潮、中央集権が進むなか、心強い地域の「声」だ。四方洋(しかたひろし)『新聞のある町』は、ローカル新聞26紙の存在感と役割を紹介する。巻頭は3・11で被災した「東海新報」社長にインタビュー。震災翌日にコピー刷り号外を無料配布した。「テレビや全国紙などではカバーできない情報を提供している」と著者。八重山毎日新聞、桐生タイムス、盛岡タイムス、人吉新聞など、地域紙の底力を知る。

◆『日本人とはなにか』柳田国男・著(河出書房新社/税抜き2000円)

 柳田国男に全集未収録の文章がまだこんなにあった。『日本人とはなにか』は、古くは1948年から、没年の62年に各種媒体に発表された文章を集める。「日本の笑い」「日本人とは」「日本人の来世観」など、つねに「日本」および「日本人」について考え続けた。「日本の文化は日本人でなければ研究出来ないと思う」。不適当な配偶の不幸を論じた「離婚をせずともすむように」は異色の論考。いずれも、柳田民俗学の本質を見ることができる。

◆『沖縄のことを教えてください』初沢亜利・著(赤々舎/税抜き3800円)

 観光客の訪れないビーチ。ヤマト式と沖縄式が混在する墓地。辺野古問題に対して「屈しない」と書いた青旗で埋め尽くされたスタジアム。写真家・初沢亜利は、沖縄に1年3カ月間移住して撮影し続けた。あらゆる権力が集中する東京の人間としての自分を感じつつ、この土地に住む人たちと過ごした日々。本書のタイトルは『沖縄のことを教えてください』。ただ単に謙虚なのではなく、「愛着や惰性で住み続けることが許されるほど沖縄は甘くない」のだ。

◆『味の散歩』秋山徳蔵・著(中公文庫/税抜き780円)

 本年TBSで放送された連続ドラマ「天皇の料理番」のモデルが秋山徳蔵。宮内省大膳寮主厨長を務めた人物だ。料理人人生半世紀に及ぶ、その経験を存分に生かしてつづる随筆集『味の散歩』が文庫化された。宮中の正月料理から、鍋焼うどん、郷土料理、パーティーの心得まで、あらゆる「味」の極意を平明な文章で伝える。お化粧好きの奥様方への忠告は、「料理をなさるときは、よくよく手をお洗いなさい」。自筆挿画60点余りを収録する。

◆『監察医の涙』上野正彦・著(ポプラ文庫/税抜き580円)

『監察医の涙』の著者・上野正彦は、著名な監察医で、これまでに5千体もの死体を解剖、検死数は2万を超える。自殺とされる死体も、丹念に検死、解剖すると事件がらみと判明。「轢(ひ)き逃げされたとか絞殺されたとか、突然大変なことを言い出す死体もある」という。死体から真実の声を聞き出す。喋(しやべ)らないだけで「死体」は生きている。さまざまな現場の、壮絶なエピソードに、刑事や監察医が涙することも。真実を知るのは「愛」の力だとわかるのだ。

◆『奇食珍食糞便録』椎名誠・著(集英社新書/税抜き760円)

 海外からの旅行者が驚くのは日本の排便環境の優秀さ。世界の辺境を駆け巡る椎名誠は、「トイレ」のない場所でことを成してきた。その体験を『奇食珍食糞便録』で明かす。中国は都市部でも「開放便所」(丸見え)が有名だが、敦煌(とんこう)の市場の便所は有料で、徴収係がいた。彼は渦巻く臭気の中、平気で弁当を食べる。インドでは路上がトイレ。モルジブの海岸では?「人間は何を食べ、どう排泄(はいせつ)してきたか」をテーマにした、椎名「糞文化人類学」。

◆『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』越智道雄・著(朝日新書/税抜き780円)

『ヒラリー・クリントン 運命の大統領』の著者、越智道雄はアメリカ通で知られる明治大学名誉教授。ファーストレディから、米国史上初の女性大統領への道を着々と歩むのがヒラリーだ。指導力のある母、「息子」として鍛え抜いた元新兵訓練係の父のもと、「猛勉強少女」だった少女時代。ビルを奪う女と徹底的に戦ったファーストレディ時代。著者は、彼女の数奇な過去を洗い出し、その実像を描き出す。同時に大統領選の内幕にも迫る好奇な一冊。

◆『段取りの“段”はどこの“段”?』荒田雅之+大和ハウス工業総合技術研究所・著(新潮新書/税抜き700円)

 タイトルの『段取りの“段”はどこの“段”?』と聞かれ、たしかに知らないことに気づく。荒田雅之+大和ハウス工業総合技術研究所は、日常使いの日本語51の謎と語源を、わかりやすく解説する。ちなみにタイトルの「段」は「階段」の「段」。ほか、「畳み掛ける」「根回し」「見込み」など、なるほど「住まい」に関する語が多い。「てこ入れ」には、カーブを描く軒先の秘密が隠されている。ほう、なるほどと楽しみながら語源が学べる。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年9月13日号より>

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