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<記者の目>埼玉・少年の祖父母刺殺事件=山寺香(さいたま支局)

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救う機会なかったか

 埼玉県川口市で昨年3月、自治体や学校が存在を把握できない「居所不明児」だった当時17歳の少年(現在19歳)が母方の祖父母を刺殺し、現金などを奪った強盗殺人事件の控訴審判決が4日に言い渡される。何の落ち度もない2人の命が奪われたという結果は言うまでもなく極めて重大だ。ただ、事件の取材を続けてみて、実母や義父に虐待され続けた少年が特殊な心理状況に追い込まれていた事実から、決して目を背けてはならないと感じている。

 昨年12月、さいたま地裁の裁判員裁判の1審判決は、少年が実母から「殺してでも借りてこい」と祖父母への借金を指示されていたことを認めつつ、「借金を確実にするための言葉に過ぎない」として少年に懲役15年(求刑・無期懲役)を言い渡した。一方、審理の過程では、少年が実母と義父からネグレクト(育児放棄)や身体的虐待などを長期間受け、小学5年から中学2年まではラブホテルや野宿、その後は義父の勤務先の寮を転々としていたことが明らかになった。私は1審後、一家の足取りをたどる取材を続け、少年を知る人たちからさまざまな証言を得た。

閉ざされた環境 思考心理に偏り

 少年が学校に行かせてもらえないままに過ごしていた、さいたま市内のモーテルで管理人をしていた70代男性は「礼儀正しい子だった」と振り返った。野宿生活をしていた横浜市で少年が通っていたフリースクールのスタッフは「無口だったが、他人と交わりたそうだった」と語った。少年は実母と義父に連れられて各地を転々とし、極端に閉ざされた環境で思春期を過ごさざるを得なかったと感じた。

 6月に東京高裁で始まった2審では、理化学研究所で親子関係の脳科学を研究する黒田公美氏が弁護側証人として出廷し、「少年は母親に心理的にコントロールされ、逆らえない状況に追い込まれた」と分析した。少年は実母から繰り返し「お前は働けないんだから金を借りてこい」と命じられ、「家族の役に立てない自分が悪い」と自分を追い込んでいた。また、実母は、少年が親しくしようとする知人や親類らの悪口を吹き込んで不信感を抱かせ、家族以外と関わる機会を奪っていた。

 黒田氏は「少年は母親以外を信じられない心理状態に至っていた」と説明した。事実、少年は小学5年の時に実母が1カ月も家に戻らなかった体験から、実母が視界の中にいないと不安で、常に実母の後ろを歩くようにしていたという。さらに、少年は「金を渡せば、母に見捨てられない」という心理状態になっていた。母は何を望み、どうしたら喜ぶのか。そのそんたくに必死で、今回起こした事件でも実母の真意を自分なりに解釈し「捨てられたくない」あまりの行動だったように感じる。

 弁護人によると、1審判決後、少年は実母や義父以外の人とのふれあいの中で、初めて自分の思考の偏りに気づいたようだという。2審の被告人質問では、ある血縁者について「(よく知らないのに)母の話で悪人だと決めつけていたが、(1審後に知り得た情報から)いい人かもしれないと分かった」と悔いた。

 少年は事件前、実母や義父に連れ回されながら、父親違いの妹の面倒を必死にみていた。横浜市での野宿生活の極限状態の中でも、実母らの代わりに妹のおしめを換えるなど献身的な世話をしていた。今後は必要な支援を受け、「ごく普通」の新たな環境に身を置けば、十分に更生できると黒田氏は述べた。私もそう感じている。東京高裁には、少年の特異な養育環境を理解した上での寛大な判決を願っている。また、少年が祖父母に対する償いの気持ちを深めてほしいと強く思う。

電話相談断念 公判で自責の念

 裁判で、印象に残ったエピソードがある。少年は事件前日、東京都内の駅前の大型ビジョンに映し出された自殺予防相談ダイヤルの番号をメモしていた。相談して生活保護を受けられれば、祖父母を殺さずにすむと考えたからだ。だが、生活保護をいやがる実母が望まないと考え、あきらめていた。2審で「(殺害について)自分は悪くないと思うか」と問われた少年は「電話相談に掛けていたら、何かが変わったかもしれない。掛けなかったのは、自分の責任」と語った。被告人質問の他の場面では「大人は信じられない」と語った少年だが、誰かが助けてくれるかもしれないという期待を捨てきれずにいたように感じ、胸が痛んだ。

 少年が言葉にできないままに発し続けたSOSに社会や公的機関が気づき、救えた機会はなかったのだろうか。取材を通じ、「大人、そしてこの社会は子どもたちにとって信じるに足る存在なのか」と、問いかけられているような気がしている。 

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