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岡崎 武志・評『地球の中心までトンネルを掘る』『評伝・河野裕子…』ほか

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その「ズレ」こそが人間くささ

◆『地球の中心までトンネルを掘る』ケヴィン・ウィルソン/著(東京創元社/税抜き1800円)

 どこにでもいそうな人物。ただし、少し「普通」からはみ出し、思いがけない展開に。古来、短編小説が扱ってきたテーマで、我々は読み飽きた。しかし、まだまだこんな手も残っていたのか。

 ケヴィン・ウィルソン(芹澤恵訳)の短編集『地球の中心までトンネルを掘る』は、常識と奇想の間で読者を物語世界へ引き込む。標題作は、大学時代からの友人3人が、ある日突然、地面に穴を掘り始める。彼らはその作業に熱中し「中国に出ちゃうかもしれない」という事態にまで発展する。

 「弾丸マクシミリアン」は、巡回の見せ物興行に、拳銃で自分の頭をぶち抜く男がいた。その男に魅せられた「おれ」は、無理やり妻をショーに誘うが……。レンタル祖母の悲哀を描く「替え玉」、「発火点」には、発火して燃え尽きた両親を持つ兄弟が登場。

 著者は、ときに滑稽(こつけい)な彼らの愚挙を寓意(ぐうい)にしない。孤独や空虚をシニカルな視線とユーモアの糖衣でくるみ、いかにも人間くさく描く。チェーホフにも読ませたい。

◆『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』永田淳・著(白水社/税抜き2300円)

『評伝・河野裕子 たつぷりと真水を抱きて』の著者・永田淳は、人気歌人・河野裕子の長男。夫の永田和宏、そして著者も歌人という一家。河野の死後、闘病記と愛の相聞歌が感動を生み、ブームが起きた。本書は、息子として、母の生涯と歌の世界へ分け入っていく。タイトルは代表作「たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏(くら)き器を近江と言へり」から。「河野裕子はなんでも『まるごと』の人であった」と書くように、一心不乱の「生」は、新たな感動を呼ぶ。

◆『他者という病』中村うさぎ・著(新潮社/税抜き1300円)

 中村うさぎは、2013年夏に突然の病で入院。一度の心肺停止、二度の呼吸停止に陥り、車椅子生活となった。『他者という病』では、その臨死による「私が私でなくなっていく」体験を、徹底的に見つめた。「他者との比較によってのみ、私は自分が『人とは違う私』であることを発見できる」など、全神経を懸けた「私」論でもある。買い物依存症、ホスト、美容整形、デリヘルと愚行を繰り返しつつ、自分と闘い続けた著者のドキュメントだ。

◆『山本昌という生き方』山本昌・著(小学館/税抜き1300円)

 中日ドラゴンズの投手・山本昌は、8月で50歳になったが現在も現役。その心構えやトレーニング法、流儀について『山本昌という生き方』で語り尽くす。ドラフト5位入団。突出した実力の選手ではなかった。急速は140キロ以下、プロ野球人生は挫折の連続だったと明かす。「しつこくやり続けて、僕はこの世界を生きぬいてきた」山本が、200勝、名球会入りの栄光をつかんだ。人生の岐路での向き合い方など、中高年が山本から学ぶことは多い。

◆『昭和レトロ自販機大百科』越野弘之・著(洋泉社/税抜き1400円)

 来日した外国人観光客が、みなその存在に驚き、写真にまで撮る。自動販売機はもはや日本の文化か。越野弘之『昭和レトロ自販機大百科』は、全国の自販機を取材し紹介する奇書。飲料だけではない。ハンバーガーにうどん、そば、ラーメンもあり。昭和レトロを追って、青森から鹿児島まで調査した章には驚いた。群馬県伊勢崎市に自販機食堂あり。仁鶴のボンカレー自販機に感涙。自販機の仕組みを、裏側まで撮影して紹介する徹底ぶりに拍手だ。

◆『少女たちの学級日誌 瀬田国民学校五年智組(ちぐみ) 吉村文成解説』(偕成社/税抜き4500円)

 吉村文成解説『少女たちの学級日誌 瀬田国民学校五年智組(ちぐみ)』は、1944〜45年に書かれた絵日誌をまとめた労作。臨時大祭における黙とう、なぎなたの授業など、戦時中ならではの出来事もあるなか、パンをもらえるうれしさに早く掃除を済ませてしまったこと、えんどう豆の試食会で「おなかぽんぽん」になったことなど、微笑(ほほえ)ましい日常がカラフルな絵とともに綴(つづ)られている。子供たちの明るさとエネルギーに救われ、勇気づけられる思いがする。

◆『彼女のいない飛行機』ミシェル・ビュッシ/著(集英社文庫/税抜き1200円)

 フランスの実力作家、ミシェル・ビュッシ(平岡敦訳)の長編『彼女のいない飛行機』は、24カ国以上で翻訳され話題に。事件の発端は、1980年12月に起きた飛行機事故。ただ一人の生き残りが、生後まもない女の子。同じ機内に、もう一人、よく似た赤ん坊がいた。両家の遺族は、それぞれ「奇跡の子」は我が孫と主張、裁判に。調査を依頼された私立探偵は、契約期限の切れる18年後に、ある事実を見いだした。ラストまで読者は目が離せない。

◆『女子ミステリー マストリード100』大矢博子・著(日経文芸文庫/税抜き800円)

 世のミステリーガイド本はたいてい男性目線。そこで大矢博子が、女子がときめく新たなガイドとして『女子ミステリー マストリード100』を書き下ろした。横溝正史『犬神家の一族』、栗本薫『ぼくらの時代』、モーリア『レベッカ』、クリスティー『ポケットにライ麦を』といった定番はもちろん、泉鏡花や『あしながおじさん』など、どしどし「越境」していく。「あらすじ」「鑑賞術」「著者について」と、ミステリー初心者でも楽しめる仕掛け。

◆『ルポ 過労社会』中澤誠・著(ちくま新書/税抜き820円)

 中澤誠『ルポ 過労社会』は、現代人必読の書。「アベノミクス」は、世界で一番、企業が活動しやすい国にすることを目指し、その障害となる規制を「岩盤規制」と呼ぶ。しかし、非正規雇用の拡大、パワハラ、サービス残業、ブラック企業と現代日本には「過労死」の条件が揃(そろ)っている。著者は、1カ月の残業が141時間に及び、新人社員が自殺した「ワタミ」など、具体的な事例を挙げ、経営者の利益優先の経営論理がまかり通る「過労社会」を批判する。

◆『2020年マンション大崩壊』牧野知弘・著(文春新書/税抜き780円)

 バブル時に造られたリゾートマンションが、いまや空き家だらけで廃虚化し、投げ売りが始まっている。いや、都心部でも同様の問題が……。牧野知弘『2020年マンション大崩壊』は、崩れゆく「マンションライフ」をつぶさにリポートする。東京五輪をめがけ、好調な不動産業界。だが、管理費や積立金の滞納、高齢化による孤独死と、じつは問題だらけ。中国人に占拠される理事会など、全国600万戸のマンション住民へ警鐘を鳴らす。

◆『壁を打ち破る34の生き方』NHK「プロフェッショナル」制作班(NHK出版新書/税抜き780円)

 各分野の第一線で活躍する人々を紹介する「プロフェッショナル 仕事の流儀」。NHK「プロフェッショナル」制作班は、『壁を打ち破る34の生き方』で、そのエッセンスを抽出し、一冊にまとめた。登場するのは横綱白鵬、上原浩治、五嶋みどり、エディー・ジョーンズなど34人。在宅ホスピス医・川越厚の「絶望のなかにも、希望は見つかる」、羽田空港を清掃するスペシャリスト新津春子の「やさしさで、清掃する」など、どのことばも心に響く。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年9月20日号より>

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