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<そこが聞きたい>本の「買い切り」 高井昌史氏

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全国の本屋を元気に 紀伊國屋書店社長・高井昌史氏

 大手書店・紀伊國屋書店が、10日発売される村上春樹さんの新刊書10万部のうち9万部を買い切り、自社店舗などの直接販売に加えて、他の書店にも卸す−−。8月下旬、従来の商慣習を覆す試みが明らかになると、出版・取次業界に激震が走った。同社トップの高井昌史社長(68)に狙いを聞いた。【聞き手・木村光則、写真・後藤由耶】

−−村上春樹さんの「職業としての小説家」(スイッチ・パブリッシング刊)の初版の9割を買い切る=1=狙いは何ですか。

 再販売価格維持制度の下、出版社が本の価格を決め、取次店が本を大量に仕入れて書店にばらまき、売れずに大量に返品される。従来の出版流通のあり方は金属疲労を起こしています。以前から弊社では出版社から直接、本を買い切る試みを続けてきました。今回はその延長線上にあります。

−−書店にのみ卸すということですが、アマゾンなど「ネット書店」=2=への対抗策ですか。

 ネット書店が売り上げを伸ばし、電子書籍も拡大し、中小の書店はどんどん店を閉めています。書店側から仕掛けて、ここで流通のあり方をもう一度見直さなくてはなりません。今回、私が会長を務める「悠々(ゆうゆう)会」加盟店や他の書店組合などから要望があれば、返品できない「買い切り」という条件で卸します。

 本屋が元気をなくせば、出版業界全体が活力をなくすことは間違いない。今はリアル書店とネット書店の売り上げ比は85対15から83対17ぐらい。これが50対50になったら、出版物の総売上高は現状の約1兆6000億円から1兆円近くに落ちると見ています。ネット書店は本を選んでパソコンのボタンを押すだけですが、書店では並んだ本の中から自分に合う本との出合いがある。それが出版文化の発展につながるのです。

 書籍の返品率の現状は40%を超えており、異常だと思っています。出版社側も本を出す経費を支出して利益が入るのは半年先という世界。そこで返品率が4割超では、小さな出版社は本を出せません。すると新たな市場は生まれず、新しい作家も生まれない。結果的に業界全体の疲弊につながってゆきます。

 もう一つ、書店の利益率を高めたいのです。従来の委託販売制度では、取次店から「本屋さんの粗利は二十数%で」と言われれば受け入れるしかなかった。けれど、私は常々、「本屋に粗利を3割はください」と主張してきました。買い切りなら粗利をもっともらうことができます。

 我々は“展示産業”です。棚や平台を置き、紀伊國屋書店新宿本店なら120万冊を並べています。中小の本屋も規模に合わせて、売れるかどうか分からない本をたくさん仕入れて並べている。これで粗利が少なかったら経営は厳しいです。

−−返品できないのは書店側のリスクを高めませんか。

 弊社では各本の市場の占有率が何%か、というデータを持っています。それを基に本がどれだけ売れるか見込みを立てて買い切ることもできるわけです。東京・大手町ビル店ではこの試みで、ビジネス系の本を中心に取次店を通さず買い切り、売り上げ前年超えを達成しています。こうした試みは広げていった方がリスクは低下するでしょう。

−−取次店を抜いて直接仕入れることに対し、「従来の商慣習を破る」として反発はありませんか。

 これまで取次店から大量の本を仕入れて信頼関係を長年築いていますから、反発を受けることは少ないでしょう。業界のリーダーとして、何か思いきった打開策を取り、金属疲労を何とかしなければいかん、との思いです。今回の試みが出版流通のあり方を変えていくことにつながればいい。取次店もいろいろな策を考えていると思いますし、さらに考えてほしい。それが業界全体の活性化に必ずつながると信じています。

−−今年4月、丸善やジュンク堂などの大型書店を傘下に持つ大日本印刷(DNP)と合弁会社「出版流通イノベーションジャパン」を設立されました。同社は今秋から出版社と直接取引を始めるそうですね。

 他の業界では小売業が自社ブランドで商品を作って運び、どんどん強くなっています。出版業界ではこれまで作る側(版元)が強く、取次店がそれを支えていました。しかし、業界全体が厳しい状況下では小売りも力を合わせなくてはなりません。

 DNPと手を組めば、お客さんへ付与するポイントの共通化や電子書籍化も協力できるし、仕入れの物流も統合できる。結果的に出版社や取次店に対し影響力を発揮できるから、出版社と直接取引が可能になる。新会社では今秋から来年1月にかけて、幾つかのタイトルについて出版社と直接取引を始める予定です。従来の固定化された商取引のあり方を変えることで、出版業界全体が生き返り、全国の本屋さんが元気になればという願いを込めているのです。

聞いて一言

 江戸っ子らしい歯切れのよさには、各地の営業所長を歴任して業界の状況を知り尽くした自信の裏打ちがあるようだ。アイデアマンだった創業者の田辺茂一(もいち)や中興の祖と呼ばれる松原治(いずれも故人)の下、コツコツと実績を積み上げた。外商担当として現場を駆け回ってきた人だけに業界再生への思いは熱い。「本屋を楽しい場所にして、若い人を呼び込む。そのために流通も含めて書店から動いていかなくては」。その言葉に「リアル書店」のトップリーダーとしての覚悟を感じた。


 ■ことば

1 9割買い切り戦略

 紀伊國屋書店が版元から新刊書の初版9万部を買い切り、うち3万〜4万部を全国の自社店舗や自社のネット書店で販売する。残り5万〜6万部は、DNP傘下の丸善とジュンク堂に加え、全国の書店に直接卸す。もしくはトーハンや日本出版販売などの取次店を通して卸す。残り1割は版元が他のネット書店向けと、取引関係の深い書店向けに各5000部を販売する方針。

2 ネットとリアル

 別名オンライン書店。指定した日時・場所に配達されるなど利便性に優れ、売り上げが近年急増。従来の書店はじかに手に取って選ぶことから、「リアル書店」と呼ばれる。


 ■人物略歴

たかい・まさし

 1947年東京生まれ。成蹊大卒。71年入社。93年取締役、2008年社長就任。出版文化産業振興財団常務理事なども務める。

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