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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『石原吉郎』『みんなの秘密』ほか

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安易な理解を拒絶する詩人の魂

◆『石原吉郎−−シベリア抑留詩人の生と詩』細見和之・著(中央公論新社/税抜き2800円)

    「なんという駅を出発して来たのか/もう誰もおぼえていない/ただいつも右側は真昼で/左側は真夜中のふしぎな国を/汽車ははしりつづけている」。これは詩人・石原吉郎の代表作「葬式列車」の冒頭。石原はシベリア抑留からの帰還者であった。

     生誕100年の今年、細見和之が全霊をもって『石原吉郎』を書きあげた。8年に及ぶ、死と隣り合わせのシベリアから1953年12月に帰国。戦後の荒野に立ち、詩を書きはじめたのだ。ただ、細見は安易に石原の詩とシベリア体験を直結し、理解はしない。

    「石原と言葉の特異な関係」について、その生涯と作品、遺(のこ)されたノートを丹念に読むことによってのみ、石原に働く「生と死」の内的力学に迫っていく。自身が詩人である著者の読みは、石原の特異な正体に接近していく。

     世間的な評価の高まりに反して、心身は不調に、早過ぎる晩年を迎えた石原。それでも「幸福な詩人だったのだ」と書き結ぶ時、霧の向こうから石原が現れる。

    ◆『みんなの秘密』畑野智美・著(新潮社/税抜き1500円)

     近ごろ、中学生が巻き込まれる事件が多い。複雑な年齢だ。そんな中学生をリアルに描く小説が、畑野智美『みんなの秘密』だ。東京近郊の町にある中学校に通う仲良し女子3人組。中2で美術部に所属する「わたし」は、家に帰っても「学校にいる時以上にやることがない」。いじめを目撃、気になる男子と自転車で二人乗り、屋上で明かされる秘密、ツイッターでつぶやかれる噂(うわさ)……。胸がしめつけられるような思春期の内実が、みごとに表現されている。

    ◆『希望のかたわれ』メヒティルト・ボルマン/著(河出書房新社/税抜き2500円)

     1986年チェルノブイリ原発事故で、いまだ立ち入り禁止となる「ゾーン」がある。メヒティルト・ボルマン(赤坂桃子訳)『希望のかたわれ』は、福島原発事故を契機に書かれた長編小説。行方不明の娘のために、「ゾーン」でノートをつづる女性。何者かに追われ北ドイツの農場へ駆け込んだ若い女。失踪する女たちを追って、ドイツへ旅立つウクライナ警察の刑事。三つの物語が、過去の忌まわしい記憶を呼び覚ます。これは日本人に宛てた物語でもある。

    ◆『強いおばさん 弱いおじさん』小川有里・著(毎日新聞出版/税抜き1250円)

     小川有里は元気いっぱいの「おばさん」エッセイスト。『強いおばさん 弱いおじさん』で、高齢者と呼ばれる年齢層の生態と日常を、ユーモラスにリポートする。「生まれ変わっても、また今の夫と結婚したいか」の問いに、熟年妻たちの答えは、「〈×〉がどうにも止まらない」。おお、怖い! 老親が倒れたあとの「実家をどうする問題」で、これにきちんとカタをつけた女性の話は大いに参考となる。笑いながら身につまされ、励まされる一冊だ。

    ◆『気付くのが遅すぎて、』酒井順子・著(講談社/税抜き1300円)

    『負け犬の遠吠え』でブレークした酒井順子も、いまやアラフィフ世代。エッセー集『気付くのが遅すぎて、』では、いろいろなことに「気付くのが遅すぎて」あたふたする日常を軽妙、果敢に描く。食後に寝転がる人生を送っていたら、ある病名が告げられた。ネットで異性と知り合う危険を、老婆心ながら「待ってほしい」とアドバイス。あるいは、女性に対する男性の身勝手も「もう少し早く気付きたかったなぁと思う」。共感する女性は多いだろう。

    ◆『山歩きの手帳』大久保英治/監修、真木隆・豊田和弘/著(東京書籍/税抜き1500円)

     これは「本当に山に持っていける」(帯文)! 大久保英治監修、真木隆・豊田和弘著『山歩きの手帳』は、山歩きにまつわるあらゆる情報を片手で開けるサイズに収めている。山の植物や生き物、山の地形についてはもちろん、ひねりのきいた用語集も。山に行くことを「山行(さんこう)」と言うと「『オレは山ヤになったんだ』というちょっとエエカッコシイ自己陶酔に陥る」らしい。読み物としても充実したおもしろさ。巻末の、山小屋と夏季診療所情報は必須だ。

    ◆『もう過去はいらない』ダニエル・フリードマン/著(創元推理文庫/税抜き1040円)

     88歳と78歳の登場人物と聞くと、どんな話かと思う。ダニエル・フリードマン(野口百合子訳)『もう過去はいらない』は、前作『もう年はとれない』で、一躍最高齢ヒーローとなったバック・シャッツは、マグナムと痛烈な皮肉を武器とする元刑事。本作では88歳となり、背に銃撃を受けリハビリ中。そこへ約50年前の未解決銀行強盗犯、イライジャが保護を求めてきた。間違いなく何かたくらんでいる。第3、4作も刊行決定というが、いったい何歳?

    ◆『高階杞一詩集』高階杞一・著(ハルキ文庫/税抜き680円)

     難病を背負い、4歳の誕生日目前で逝った息子を、哀切をもって描いた詩集『早く家(うち)へ帰りたい』は、読者の心を深く揺さぶり、のち復刊もされた。ユーモアとペーソスで愛を謳(うた)う詩人・高階杞一(たかしなきいち)の仕事が、『高階杞一詩集』として文庫でまとまった。「ぼくは/早く家へ帰りたい/時間の川をさかのぼって/あの日よりもっと前までさかのぼって/もう一度/扉をあけるところから/やりなおしたい」(「早く家へ帰りたい」)ほか珠玉の105編。

    ◆『日本人の給与明細』山口博・著(角川ソフィア文庫/税抜き880円)

    『貧窮問答歌』の万葉歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)の仕事は律令官僚で、現在の貨幣価値に直せば、年収1400万円の高額所得者だった。山口博『日本人の給与明細』は、奈良から江戸時代へ、古典作品に見える人物たちの給与を、米や土地代から現在の視点で換算。ユニークな本が出来上がった。『今昔物語』に登場する上緒主(あげおのぬし)という人物。土地転がしで財テクし、なんと1億5000万長者となった。王朝のOL紫式部など、お金の話でぐっと身近な存在に。

    ◆『体を壊す食品「ゼロ」表示の罠』永田孝行・著(SB新書/税抜き800円)

     テレビCMでも量販店店頭でも、目につくのが「カロリーゼロ」「糖質ゼロ」といった「ゼロ食品」。これ、本当に「ゼロ」で安心か? 永田孝行『体を壊す食品「ゼロ」表示の罠』を、読んでおいた方がいい。食品表示上の「ゼロ」には、非表示の含みが隠されている。たとえば「糖類ゼロ」と「糖質ゼロ」は違うのだが、あなた説明できる? カロリーゼロと安心して、スポーツドリンクのがぶ飲みも注意が必要。知らないと損する事実が満載の本だ。

    ◆『不可能を可能に 点字の世界を駆けぬける』田中徹二・著(岩波新書/税抜き780円)

    『不可能を可能に 点字の世界を駆けぬける』の著者・田中徹二は、10代で視力を失った中途失明者。点字を学び、『点字毎日』で記者をしながら日本点字図書館へ出入りする。のち二代目館長となり、音声デジタル図書のネットワークの創設、駅ホームの転落防止柵設置に尽力するなど、視覚障害者の手助けとなる仕事をしてきた。困難を乗り越え、つねに新しいことに挑戦した姿が感動的だ。なお、本書はパソコンの音声画面読み上げソフトで書かれた。

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    おかざき・たけし

     1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

    <サンデー毎日 2015年9月27日号より>

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