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<記者の目>「米原爆傷害調査」を取材して=吉村周平(広島支局)

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被爆者のため資料公開を

 広島と長崎で戦後、原爆放射線の人体への影響について調査した米原爆傷害調査委員会(ABCC)について、被爆から70年の今年、米国を訪ね、その実像に迫ろうと試みた。内部文書を調べ、関係者へのインタビューも重ね、7月末から「被爆者治療セズ ABCCの暗部」を本紙に連載した。取材で見えてきたのは、冷戦下で推し進められた米国の核戦略の冷徹さと、国際政治の中で黙殺された個々の被爆者の存在だった。

原爆の威力測る 米のデータ収集

 1947年、活動を始めたABCCが最初に行ったのは新生児の調査だった。被爆時に母親の胎内にいた子どもをはじめ、48〜54年に両被爆地で約7万7000人を調べた。50年代には被爆者ら約12万人を対象に長期の追跡調査に着手。調査は今も続いており、疫学的手法から被爆者が白血病やがんにかかるリスクが高いことを証明した。ABCC研究の第一人者で米ペンシルベニア大のスーザン・リンディー教授(科学史)は「ABCCは、被爆者の苦しみを科学的に数量化することで可視化した」と評価する。

 取材に応じたABCC関係者からは、当時まだ「未知の領域」だった放射線の影響を解明したいという、科学者の純粋な関心がうかがえた。

 長崎のABCCに勤務した日系2世の医師、ジェームズ・ヤマザキ氏(99)=米ワシントン州=は「ABCCでは日米の医師が協力し、共通の目的である放射線の影響の解明に取り組んだ」と振り返った。梅毒に苦しむ妊婦らに、禁止されていた医療を施したとも証言した。そこに被爆者をモルモットのように見る視線は感じなかった。白血病に苦しむ男児に、最新の薬を無償提供した医師もいた。被爆者が置かれた悲惨な状況を前に、一人の医師として葛藤する姿が浮かび上がった。

 そのABCCは、被爆地で批判の対象となった。私は、研究の目的が「被爆者のためではなかった」からだと考える。思春期の少年少女を体の隅々まで調べる。被爆者が亡くなると、葬儀にまで献体を求めにくる−−。この調査手法が仮に「被爆者のため」だったら、理解を得られる余地はあったのではないか。

 だが、ABCCの研究は米国の核戦略と表裏一体だった。核戦争が現実味を帯びる中、原爆の威力を知るためのデータ収集だった。被爆者の協力なくしては得られない情報や資料を加害国の米国が独占し、多くが機密とされた。

安全保障理由に機密指定解かず

 高橋博子・広島市立大広島平和研究所講師の研究では、生後すぐに亡くなった新生児1200人以上の病理標本やカルテが50年代、ABCCから米軍病理学研究所に送られた。一部は70年代に日本に返還されたが、米国に送られたデータには利用目的や行方が分からないものも多い。

 今回、取材で判明した米軍特殊兵器計画とABCCによる放射性降下物の共同調査(50年)もその一つだ。調査目的を調べるため資料を探したが、米軍関連資料には「安全保障上の理由」から機密指定が解けていない文書が多かった。

 一方、ABCC関連資料には、次のような書簡もあった。「ソ連など共産圏が『米国は被爆者を治療しない』という批判を利用し、日本でシンパを増やそうとしている」。54年にABCC所長が被爆者への治療を認めるよう求めたものだ。被爆者を政治利用しているように読めるが、米政府を説得する口実として所長があえて政治的メリットを強調し、方針転換を迫ったとも読める。人道的見地から治療の必要性を叫んでも、米政府は耳を貸さないとの思いがあったのではないか。

 また、長崎の爆心地から約1.7キロの収容所で被爆したオランダ人の元捕虜が50年、米国に原因不明の体調不良について調査を求めたケースでは、米国は同盟国の兵士の訴えですら「渡航費用を負担してまで研究しても得られる成果は乏しい」として無視した。米国に有益かどうかの判断基準の下、冷戦下での論理が優先され、個人の声がかき消されたことの表れだと思う。

 ABCCは75年、日米共同機関「放射線影響研究所」へ改組され、情報公開への姿勢は格段に改善した。だが、2011年末に長崎の医師がABCCが調査した「黒い雨」に関するデータの存在を突き止め、放影研は渋々データを公表した。こうした姿勢に、いまだ公開されていないデータが多くあるのではという不信感はぬぐえない。

 「原子爆弾の被爆者の健康保持および福祉に貢献するとともに、人類の保健の向上に寄与すること」。放影研の理念は崇高だが、ABCCから引き継いだ暗い過去の清算なくして、手放しに賛同はできない。

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