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岡崎 武志・評『夕暮れの時間に』『昭和史の10大事件』ほか

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70代で考えたこと、見つめたこと

◆『夕暮れの時間に』山田太一・著(河出書房新社/税抜き1600円)

 ああ、山田太一だ。どんな文章にも、ちゃんと山田太一がいる。エッセー集『夕暮れの時間に』を読みながら、そう呟(つぶや)いた。80を超える名脚本家が、70代に各紙誌に発表した文章を集める。

 1961年にシカゴで出会った「数秒の笑顔」を今も忘れない。その体験から想起された笑顔論がいい。また「小さな本当、小さな矛盾、小さな誤解、小さな深淵、小さな善悪」などを、まだ書く余地があるから、アナクロニズムを生きるという姿勢は、山田ファンなら誰でもうなずくだろう。

 日本人、家族、老いなどのテーマについて、日常雑記、回想、交遊記、書評と盛る皿こそ違えど、著者の意見と信条がはっきりと表れる。「『あきらめること』『我慢すること』を敗北としないで、もう少し自然に肯定する空気があっていい」と、「負性」に人生の意義を見いだすのも山田流。

 山田のドラマで、私は家族の脆(もろ)さ、結びつきの強さを知った。知らないという人は信じられない。そんな人と口もききたくない。

◆『昭和史の10大事件』宮部みゆき・半藤一利/著(東京書籍/税抜き1200円)

 2・26事件を扱った『蒲生邸事件』の宮部みゆき、歴史探偵を自称する半藤一利。親子ほど年の違う同窓(高校)の二人が、日本の運命を変えた『昭和史の10大事件』について対談する。二人とも選んだ「ゴジラ」公開に、半藤は「第五福竜丸事件」を加え、話に重みを持たせる。半藤が選んだ「金融恐慌」に「今と状況が似てる」と宮部。宮部のリストを見て、「推理小説になる事件を選んできたな」と半藤が喝破するなど、やりとりが楽しい。

◆『総理にされた男』中山七里・著(NHK出版/税抜き1600円)

 『さよならドビュッシー』でデビューした中山七里が、新作で挑むのは政界。『総理にされた男』の「男」とは加納慎策35歳。恋人の部屋に居候する売れない舞台俳優だが、内閣総理大臣そっくりのネタが受けている。ある日男たちに拉致され、首相官邸で依頼されたのが、深刻な感染症で人前に出られない総理の替え玉。直面する政治経済の暗部と不条理に、次第に真の政治家として目覚める慎策だったが……。政治に求められる「生」の声がここにある。

◆『宇宙を撮りたい、風船で。』岩谷圭介・著(キノブックス/税抜き1400円)

 宇宙開発といえば、天文学的予算を要するが、それを個人レベルの範囲でやってのける若者がいた。『宇宙を撮りたい、風船で。』の著者・岩谷圭介は、まだ20代の青年。100円ショップで買えるような素材で、小型の風船カメラを作り、上空30キロからの撮影に成功した。失敗を繰り返し、小さくて地味で泥臭いことの積み重ねで宇宙へ。「やってダメ、でもいいんです。『やった』というだけで、一歩進んでいる」という若き挑戦者の言葉に感動する。

◆『やくみつるの秘境漫遊記』やくみつる・著(文藝春秋/税抜き1200円)

 大忙しのやくみつるが、意外や世界旅行マニアで、しかもシリアや東ティモールにまで足跡をつけていた。そんな諸国歴訪を漫画でつづるのが『やくみつるの秘境漫遊記』。夫婦の旅で訪問した国は、100にもなるという。イランでテント村を発見し、この国も不景気かと思いきや、テント持参の街なかピクニックが流行していた。炎天下のカラクム砂漠、ギニア湾岸4国の横断など、行かないとわからない情報が、爆笑と驚嘆で知ることができる。

◆『憂いなき街』佐々木譲・著(ハルキ文庫/税抜き660円)

 佐々木譲による北海道警察シリーズの最新刊が『憂いなき街』。宝石商強盗を追う津久井卓の前に現れた、美しきジャズピアニスト奈津美。二人はジャズを通じて親密に、一夜を共にする。ベッドで見た注射痕に、津久井は衝撃を。そんな時、奈津美が出演するジャズフェスティバルのチケットをもった女性が他殺死体で発見され、その容疑が奈津美にかかる。事件と恋の行方が錯綜(さくそう)する時、警察官としての津久井の誇りと哀(かな)しみが、読者の胸に突き刺さる。

◆『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』サマセット・モーム/著(新潮文庫/税抜き630円)

 サマセット・モーム『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』は、「巧みなストーリー展開やひねりのきいたエンディングにおいて」右に出る作家はいない、と推奨する金原瑞人による新訳。表題作は、高さ18メートルから浅い水槽に飛び込む芸で稼ぐ妻、そして元ジゴロの夫の物語。ほか、保養地でダイエットに挑む金持ちで夫のいない三人の女(「アンティーブの三人の太った女」)など、いずれも人生の皮肉と真実が垣間見える。これぞ名人芸。

◆『大相撲 想い出の名力士たち』武田葉月・著(双葉文庫/税抜き556円)

 イケメン力士が登場し、「スー女」なる新たなファン層を開拓している相撲。歴史を彩る名力士20人の知られざるエピソードをまとめたのが、武田葉月『大相撲 想い出の名力士たち』だ。ハスキーボイスがトレードマークの元祖外国人力士・高見山は、ハイスクールではコーラス部だった。ジョッキに並々とつがれたウイスキーを手にしたCMが話題になった荒勢はほぼ下戸だったなど、「へぇ〜」の話が満載。人を知れば競技はもっとおもしろくなる。

◆『タモリと戦後ニッポン』近藤正高・著(講談社現代新書/税抜き920円)

 タモリは1945年8月22日生まれ。近藤正高『タモリと戦後ニッポン』は、今年古希を迎える稀有(けう)な芸人に、戦後史を重ね読む試み。「笑っていいとも!」終了発表で、彼が口にした「国民」とは何を指すのか? タモリの人生の影に横たわる「満州」、大学紛争とモダンジャズ、ボウリングブームに支配人として身を潜ませた7年、そして70年代、突如としてテレビに出現。著者は各時代にタモリが立っていた位置に、戦後史の流れを見いだしていく。

◆『日本列島人の歴史』斎藤成也・著(岩波ジュニア新書/税抜き840円)

 狭い島国で、渡来文化に影響されながら独自の発展を続けてきた我が国。斎藤成也『日本列島人の歴史』は、4万年を遡(さかのぼ)り、我々の祖先がどんなだったかを探る。DNA研究を専門とする著者らしく、ゲノム情報の最新調査を基に、生物学的変化を科学的に実証できるのが強み。石器や人骨ほかのさまざまなデータを解析することで、旧石器時代の祖先の、人口や身長、言語、食生活の変化などをたどることができる。図表や図像も多数収録、理解を助ける。

◆『地方消滅 創生戦略篇』増田寛也・冨山和彦/著(中公新書/税抜き740円)

 「地方消滅」の問題提起をしてきた増田寛也が、経営共創基盤を設立した冨山和彦を相手に『地方消滅 創生戦略篇』で地方創生について、徹底討論する。行政が観光に取り組むとネックになるのが「選択と集中」。北海道ニセコは、観光協会を株式会社化することで「一律」を排除し、成功した。自動運転とドローンは地方でこそ有効など、話が具体的で示唆に富んでいる。地方創生をなすのも「ヒト」、成果を享受するのも「ヒト」と冨山は言う。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年10月11日号より>

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