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戦後70年

田中優子・法政大総長ロングインタビュー「量的拡大だけ追求、もうできない」

田中優子・法政大総長=2015年9月14日、大場あい撮影

 日本は、奇跡と言われた戦後復興の裏で、すさまじい公害を経験した。水俣病のような深刻な公害をなぜ引き起こしたのか。江戸学、アジア比較文化が専門の田中優子・法政大総長に、日本が抱える課題や、脱却に向けた動きなどについて聞いた。【聞き手・大場あい】

 −−水俣病など深刻な公害を生んだ日本社会の状況はどんなものだったのですか?

 田中氏 水俣病の背景は、福島第1原発事故とよく似ていると思います。共通するのが電力です。曽木電気と日本カーバイド商会という会社が合併して1908年、日本窒素肥料(後のチッソ)が発足しました。チッソの化学肥料などの工場に電力を供給して、日本の経済発展、工業的な発展を図ろうという考えで出発しました。チッソは水俣に工場を造り、水俣は大変近代的な街になっていきましたが、この経過も福島の事例ととてもよく似…

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