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岡崎 武志・評『すぐそばにある「貧困」』『琥珀のまたたき』ほか

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“ないものはない”でいいのか!?

◆『すぐそばにある「貧困」』大西連・著(ポプラ社/税抜き1500円)

 「大問題としての貧困はこの国にはない」と、2006年に当時の総務大臣が発言。そのさなか、まさしく目の前の「貧困」と立ち向かい、闘う若者がいた。

 『すぐそばにある「貧困」』の著者・大西連は、今夜の食住に困る人たちをサポートする団体「もやい」で、27歳にして理事長に就任した。しかし元は、高校を不登校のまま卒業し、未来にあてのない若者だったのだ。新宿中央公園での炊き出し、夜回りに参加したことから「貧困」の現状を知り、バイトをしつつ支援の側へ。

 路頭に迷う人の相談に乗り、生活保護の申請に同行する。そこで突きつけられたのは、社会と制度の壁、そして貧困者自身の壁だった。支援した人から「お前らみたいな偽善者にはもう頼まねえ!」と吐き捨てられたことも……。

 相談者から毎晩続く深夜の電話に「もういい加減にしてください!」と怒鳴る著者は、ヒーローでも聖人でもない。だからこそ、目に見えぬ「貧困」が見えてくるのだ。

◆『琥珀のまたたき』小川洋子・著(講談社/税抜き1500円)

 「今日を限り、前の名前は忘れましょうね」。厳しく母親から言い渡されたきょうだいは、亡き父の古い別荘に住み始める。その日から、三人は、オパール、琥珀(こはく)、瑪瑙(めのう)と名乗ることに。小川洋子の新作長編『琥珀のまたたき』は、社会から途絶され、ひっそり生きる家族の物語。6年8カ月、母親の「禁止」を守り、子どもたちは秘かな遊びを手に入れ、睦(むつ)み合うように時を過ごす。そのうち、琥珀の目に異変が……。秋にぴったりの切なく美しい小説。

◆『「だから、生きる。」』つんく♂・著(新潮社/税抜き1300円)

 そのニュースが各界に衝撃を与えた。あのつんく♂が、突然喉頭がんに罹(かか)り、手術の末、声を失った。『「だから、生きる。」』は、病気になった経緯から、声帯摘出という試練を経て、学んだこと、決意したことをつづる。メジャーデビューするも売れない日々、「シャ乱Q」の成功、モー娘。のプロデュースと順風満帆のなかで、じつはポリープ摘出手術をしていた。夫人との出会いもくわしく語られ、逆境に立ち向かう強い生き方が、読者を勇気づける。

◆『中野のお父さん』北村薫・著(文藝春秋/税抜き1400円)

『中野のお父さん』は、文芸編集者の娘と読書家の国語教師の父、という新コンビを登場させた北村薫のミステリー。この娘が茶の間に持ち込む出版界の謎を、お父さんが話を聞くだけで解き明かす。推理小説新人賞の最終選考に残った作品の作者へ連絡すると、なぜか相手は電話の向こうで、「応募していませんよ、わたしは」と言った(「夢の風車」)。大物作家が告白した、女性作家からの「扱いに困っている手紙」の真相は(「幻の追伸」)。ほか全8編。

◆『中井精也のテツ模写』中井精也・著(洋泉社/税抜き1800円)

 大きな体格と愛らしい表情でテレビでも人気の鉄道写真家が中井精也。『中井精也のテツ模写』も、撮り鉄ものなのだが、趣向が変わっている。鉄道写真を元に、そっくり模型とジオラマで再現し、撮影。本物と見比べてみた。市販の鉄道模型を使用、デジタル加工は行わないなど条件をつけ、再現された写真は、「疾走つばめ」など、本物と見分けがつかない出来。撮影の舞台裏も明かされ、そこには模型でしか表現できない世界がある。全ページカラー。

◆『81歳いまだまんが道を…』藤子不二雄(A)・著(中公文庫/税抜き680円)

 藤子不二雄(A)(本名・安孫子素雄)は、かつて「藤子不二雄」のペンネームで、藤本弘(藤子・F・不二雄)とコンビを組んでいた。『81歳いまだまんが道を…』で、長きにわたる漫画家人生を振り返る。手塚治虫に憧れて富山県高岡市から上京、伝説の「トキワ荘」で石ノ森章太郎、赤塚不二夫などと出会った。週刊誌時代が到来し、二人は売れっ子に。失敗や別れも経験、やがて二人は親友同士のまま、別々の道を歩き始める。戦後漫画史としても貴重な一冊。

◆『酒肴日和「そうざい」エッセイ選集』池波正太郎・著(徳間文庫カレッジ/税抜き920円)

 熱燗(あつかん)が恋しくなる季節、酒のお伴に手に取りたいのが池波正太郎『酒肴日和(しゆこうびより)「そうざい」エッセイ選集』(高丘卓編)だ。食通で知られた文豪の食エッセーから、四季などテーマ別にメニューを厳選し、再現できるよう心掛けたアンソロジー。たとえば「秋」の「蕎麦(そば)のうす焼」。蕎麦粉をクレープ状に焼いて薬味を添える。これは簡単にできて美味(うま)そうだ。また、全編に矢吹申彦(のぶひこ)が調理法を記したイラストを描き下ろしている。舌にも目にも楽しい一冊だ。

◆『ユングのサウンドトラック』菊地成孔・著(河出文庫/税抜き1100円)

 ジャズ・ミュージシャンという肩書を超え、文筆業でも才を発揮する菊地成孔(なるよし)。映画と映画音楽について語る元本『ユングのサウンドトラック』が大幅改訂され文庫になった。悪評高き松本人志の映画を、すべてつきあって擁護する「コンプリート批評」にまず驚く。蓮實(はすみ)重彦との、映画の「音」についての対談、「ジャズと映画」観るべき10本セレクトなど、表現者の「眼力」が光る。「死刑台のエレベーター」における映像と音を分析した章は圧巻。

◆『子どものまま中年化する若者たち』鍋田恭孝・著(幻冬舎新書/税抜き800円)

「認められたい。でも頑張るのはメンドクサイ。周りにそんな人、増えていませんか?」と帯で問いかけるのが、鍋田恭孝『子どものまま中年化する若者たち』。たしかに、そんな若者が増えている気がする。精神科医の著者は、30年以上も、この若年層をウオッチング。数々の実証的データを挙げながら、その変化を検証する。「動かず、無理せず、多くを望まず、心やさしく、不安を抱きつつ、日常をしかたなく生き」る彼らに未来はあるのか。

◆『レイチェル・カーソンはこう考えた』多田満・著(ちくまプリマー新書/税抜き780円)

 多田満『レイチェル・カーソンはこう考えた』のレイチェル・カーソンとは、環境破壊を今から半世紀以上も前に警告した『沈黙の春』の著者。今年は没後51年。長年カーソンを研究してきた著者が、彼女の生涯を紹介しつつ、その思想と行動、今に生きる訴えについて解説する。「20世紀というわずかのあいだに、人間という一族が、おそるべき力を手に入れて、自然を変えようとしている」(『沈黙の春』)。カーソンの先見性に改めて驚く。

◆『ぶらり京都しあわせ歩き』柏井壽・著(PHP研究所/税抜き850円)

 季節ごとに、和の美しさと歴史の趣が感じられる町・京都。一度はゆっくり旅したいものだ。柏井壽『ぶらり京都しあわせ歩き』は、京都に精通する著者ならではのおすすめスポットを教えてくれる。京都御所の猿が辻の猿、本家尾張屋(ほんけおわりや)の宝来そば、グリル富久屋のフクヤライス、西本願寺・唐門(からもん)の麒麟(きりん)など、「しあわせに繋(つな)がる」と聞けばなんとしても訪ねたくなる。各場所を記した地図と住所・電話番号の一覧あり。秋は、この本片手に京都に行こう!

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年10月18日号より>

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