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岡崎 武志・評『いちまき』『マスコミ漂流記』ほか

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導かれ操られるように、縁の旅へ

◆『いちまき』中野翠・著(新潮社/税抜き1400円)

 ごぞんじ中野翠が、『いちまき』で、わが「ファミリー・ヒストリー」に挑戦した。きっかけは、亡父の遺品整理で出てきた曾祖母みわの自伝『大夢』。そこに、安政六年「江戸桜田門外の上屋敷で生まれました」とあった。

 えっ!と驚いた著者は、好奇心と興奮を道連れとし、「いちまき(一族)」をたどる時間の旅に出た。みわの父・正右衛門は、佐幕派のリーダーとして彰義隊に加わり敗走、一家は離散、潜伏逃亡の身に。つまり、みわは、世が世なら、家老家出身の姫様だった。

「何かに操られているかのように」と著者が書く通り、千葉・関宿(せきやど)、静岡・沼津などを旅しつつ、不思議な縁に導かれ、江戸から明治へ、血の源流を遡行(そこう)する。そこに、一族を超え、つねに「敗者の祈り」が見えるところが、物語に深みを与えている気がする。

 知る人ぞ知る、書評の名手・山村修との縁を明かす件(くだり)には、のけぞるほど驚いた。著者の生き生きとした「驚き」が、こちらにまで伝染したようだ。

◆『マスコミ漂流記』野坂昭如・著(幻戯書房/税抜き2800円)

 これは野坂昭如の「ツボ」ではないか。『マスコミ漂流記』は、直木賞受賞以前、著者がまだコント作家、CMソング作詞家など、マスコミで遊泳していた時代の回想。1972年から73年『小説現代』に連載、今回初めて書籍化された。初仕事のCMソング「セクシーピンク」は「ヤケっぱちで、商品名と溜息だけならべたてた」が大ヒット。いつまでも追い越せない永六輔はじめ、野末陳平、前田武彦、青島幸男の若き日も登場。これは読ませます。

◆『脱東京 仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住』本田直之・著(毎日新聞出版/税抜き1500円)

「仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住」と副題にあるのが『脱東京』。著者の本田直之は、年の半分をハワイ、残りを日本ほか諸外国で過ごす。そんな自由なライフスタイルから「一つの場所に住み続けなくてもいい」という確信を得て、同様に移住して暮らす人々を取材した。サーフィンのため宮崎で暮らし、地元の町おこしを手伝う。高知の野菜に惚(ほ)れて、新しいビジネスを起(た)ちあげた。東京を離れて、初めて見えてくる生きかたがここにある。

◆『エピローグ』円城塔・著(早川書房/税抜き1700円)

 圧倒的な才能と筆力で、現代文学をリードする円城塔。期待の新作『エピローグ』は3年ぶりの長編だ。人類の歴史に「退転」が起き、物理宇宙と現実宇宙というふたつの宇宙ができた。エージェントと呼ばれる新動物が生まれ、そこでは「現実なんてただの現実にすぎない」。集中を要する思念的舞台で、著者はラブストーリーや冒険、連続殺人事件などを織り込みながら、知的エレガンスな展開を創出する。まったく新しい、静かな興奮の物語。

◆『映画のなかの御茶ノ水』中村実男・著(明治大学出版会/税抜き3300円)

 日本映画は、御茶ノ水界隈(かいわい)をいかに描いてきたか。中村実男『映画のなかの御茶ノ水』は、失われた街並み、懐かしい女優に会える本。小津の「麦秋」で原節子が歩いた駿河台2丁目の「皀角(さいかち)坂」を、同じ年に公開された渋谷実「自由学校」では佐分利信がクズ拾いのカゴを背負って歩く。驚くべき符合とそこから見える差異。ニコライ堂がこれほど多くの映画に登場することにも驚いた。すぐに、この本を片手に、御茶ノ水辺りを歩きたくなった。

◆『繭と絆』植松三十里・著(文藝春秋/税抜き1600円)

 世界遺産に認定された富岡製糸場。その誕生秘話を描いたのが植松三十里『繭と絆』。初代場長となった尾高惇忠(じゆんちゆう)は、娘・勇を工女第一号として富岡に連れて行くと言う。幼なじみの清三郎との縁談が決まっていた勇は後ろ髪を引かれながらも、父の役に立ちたいと決心する。嫉妬や羨望や不安の中で努力する少女たち。母の不調に気づけず、自責の念にかられる勇。近代日本には、こんなに“健気(けなげ)な礎”があったとは。建物とともに語り継ぎたい物語だ。

◆『秀吉はいつ知ったか』山田風太郎・著(ちくま文庫/税抜き820円)

 荒唐無稽(むけい)な忍法帖をはじめ、奇想が湯水のごとく湧いた作家が山田風太郎だった。『秀吉はいつ知ったか』は、その奇想の源泉を知る歴史エッセー群に、日常雑記や社会時評風の文章などを集める。毛利征伐に際し、信長の死を翌日に知り、その翌朝には清水宗治を切腹させた秀吉。表題作は、この「あまりにスムーズ過ぎる」一連の出来事に、著者は疑問を投げかけ、推理する。ほか「一休は足利義満の孫だ」「敵役・大野九郎兵衛の逆運」などを収録。

◆『小説版 ボクは坊さん。』岡田裕蔵・著(集英社文庫/税抜き440円)

 24歳まで白方進として生きた若者が、「光円」と僧名に改め、四国八十八ケ所札所の「府頭山栄福寺」住職となった。この体験をつづる原作がこのたび映画化され、岡田裕蔵の手により『小説版 ボクは坊さん。』となった。普通の青年が僧侶に。新しい世界での特殊なしきたりに、とまどい、苦悩しつつも、まわりの人に助けられ一歩ずつ成長していく姿は、読者の感動を呼ぶはずだ。映画は、10月24日より全国ロードショー公開される。

◆『気象庁物語』古川武彦・著(中公新書/税抜き740円)

 大雨、地震、津波、火山噴火など、われわれが命の鍵として頼りにする気象庁。しかし、その実態や歴史については無知だ。『気象庁物語』の著者・古川武彦は、1959年に入庁、40年「天気」一筋の人。その間、富士山レーダー、アメダス、気象衛星ひまわりと、気象の世界は激動期にあった。富士山頂気象観測所建設に邁進(まいしん)した野中到、日露戦争の歴史的電報「天気晴朗ナルモ波高カルベシ」の予報をした岡田武松など、数々の「天気野郎」も紹介される。

◆『三大遊郭』堀江宏樹・著(幻冬舎新書/税抜き800円)

 江戸時代の三大都市に、幕府公認で置かれた遊郭が、江戸吉原、京都島原、大坂新町。堀江宏樹『三大遊郭』は、その歴史と変遷、そこに暮らす遊女たちの実態に迫る好著だ。遊郭に花開いた独自の文化の源流は、多く「島原」にあり。秀吉の王朝文化への憧れがそこにあったと著者は見る。また、京都・島原の太夫は、簡単に客と金で寝ることはなかった。吉原の繁栄は、全国から流入した職人の「非モテ」からくる。知って楽しい遊郭論の誕生だ。

◆『ヒョウタン文化誌』湯浅浩史・著(岩波新書/税抜き760円)

 あのブラブラぶら下がる、ユーモラスな形態の植物。言われてみれば、さまざまな用途に使われている。しかも世界中で。湯浅浩史『ヒョウタン文化誌』は、そんな融通無碍(むげ)で、人類との関わりは1万年以上の歴史を持つ「ヒョウタン」の謎に徹底的に迫る。最初は便利な水入れとして、ときには衣装や楽器となり、神話、象徴など精神的世界にも結びつく。著者は世界各国を巡り、その使われ方や加工法を調査した。写真を見ると、なぜか心穏やかになる。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年11月1日号より>

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