争点・東京五輪

<特集ワイド>「トータルでは赤字」ドンドン膨らむ財政負担

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国立競技場の解体が終了した。跡地にできる新国立競技場は歓迎される施設にできるか=東京都新宿区で2015年10月23日、本社ヘリから 拡大
国立競技場の解体が終了した。跡地にできる新国立競技場は歓迎される施設にできるか=東京都新宿区で2015年10月23日、本社ヘリから

 国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長(当時)が2020年の五輪開催都市を「トーキョー」と読み上げてから2年あまり。多くの国民が歓喜に沸いたあの瞬間が夢かと思うほど、東京五輪・パラリンピックの計画は「黒星」続きだ。新国立競技場の迷走、公式エンブレム問題、膨れあがる開催費……。このままでは「歓迎されない五輪」になってしまうのではないか。【葛西大博】

 女性建築家のデザイン案による新国立競技場の建設計画と公式エンブレムが白紙撤回され、スタートから大きくつまずいた東京五輪だが、実は白紙撤回できるうちはマシなのかもしれない。より重大なのは、新国立競技場を含む競技施設が、負のレガシー(遺産)にならないか−−ということだ。

 1998年長野五輪を思い出してほしい。スキージャンプ団体などで5個の金メダルを獲得した大会だ。「あの感動」から17年後。競技施設の維持管理費は自治体の重荷になっている。長野市の加藤久雄市長は7月の記者会見で胸中を明かした。「五輪施設が市の財政の負担になっている。東京五輪でも近隣の都市を含めてできるだけ既存のものを利用したほうがいい」

 この苦労を知ってか知らでか、東京都は大規模な競技施設を建設する。「五輪水泳センター」(整備費見込み683億円)▽ボート、カヌー・スプリント会場の「海の森水上競技場」(同491億円)▽バレーボール会場の「有明アリーナ」(同404億円)の3施設だ。

 「オリンピックと商業主義」の著書があるスポーツライターの小川勝さんは、五輪後の競技施設の黒字化には否定的だ。例示したのが、02年サッカー・ワールドカップ大会に合わせて建設された国内最大規模の横浜国際総合競技場(日産スタジアム)。「年間維持費は約7億円で、トータルでは赤字です」と説明する。

 小川さんは「公共施設は必要だから造るので、ある程度の赤字は仕方がない」とした上で、「国と地方で1000兆円超の借金を抱えている財政状況でも回していける維持費に抑えないといけない」と語る。

 民主党政権下の事業仕分けで注目された蓮舫代表代行は「競技施設が負の遺産にならないよう今から考えるべきです。東京五輪をけん引している方々には64年東京五輪から日本が豊かになったという残像があるようだが、過度な夢は見ない方がいい」と過剰な設備投資にくぎを刺す。

 そもそも、大会全体の開催費が一体いくらになるのかが見えていない。7月の日本記者クラブでの記者会見で組織委員会の森喜朗会長は「当初より3倍、お金がかかっている。最終的に2兆円を超すことになるかもしれない」と述べたのだ。

 東京都が招致段階の立候補ファイルで示した大会開催費は7340億円。そのうち国と都の税金は3113億円。開催費が3倍になるとした単純計算では税金は9339億円に膨らむ。蓮舫さんは「組織委員会の説明では、2兆円という金額は、各事業の予算を精緻に積み上げたものではないということでした。工費と人件費が想定以上に伸びており、今後も増える不安はあります」と懸念する。

 実際、東京都の舛添要一知事は10月28日、訪問先のパリで開催費について「大まかに3兆円は必要だろう」などと述べ、減らす努力の必要性を説いた。

 日本が反面教師とすべき国はギリシャなのかもしれない。04年アテネ五輪開催に合わせて空港や地下鉄などのインフラ整備を進めた結果、巨額の財政赤字を抱え、財政破綻寸前に陥った一因となった。第一生命経済研究所の田中理主席エコノミストがこう指摘する。「五輪をきっかけに日本はギリシャのようになってしまうのか。大きな分岐点になりそうです」

 日本は65歳以上の割合が21%を超える超高齢社会となっており、20年には政府推計で65歳以上の割合がほぼ3割(29・1%)に。田中さんは「貯蓄を削って消費する世帯がより増加する微妙な時期になる。しかも五輪前の建設ラッシュの反動に見舞われるかもしれない。ギリシャの二の舞いになる可能性はあります」と警告する。

 小川さんが懸念するのが司令塔不在の弊害だ。「組織委の武藤敏郎事務総長は元財務事務次官で誰よりも財政に詳しい人です。2兆円ということであれば、その内訳を説明してほしい」。今後も開催費で混乱すれば国民の心は五輪から離れかねないのではないか。

 20年東京五輪は、東日本大震災からの復興のシンボルとする「復興五輪」がコンセプトだ。でも、それも既にかすんでしまっているようだ。

 毎日新聞が今夏実施した岩手、宮城、福島の被災3県42市町村の首長を対象にしたアンケート。五輪施設整備の本格化が復興工事に与える影響について、8割強の35人が「懸念している」と回答した。

 「日本が今すべきことは福島第1原発事故の解決に最大限の努力をすること。東京五輪は返上しなければいけない」と訴えるのは、元駐スイス大使の村田光平さん。今は脱原発活動に携わり、今でも安倍晋三首相の「アンダーコントロール」発言に怒りを隠さない。13年9月のIOC総会で、原発事故の汚染水は制御下にあると説明した言葉だ。「今も汚染水は漏れているのに。被災自治体の職員に話を聞くと『正直、五輪どころではない』と打ち明けます」

 選手にとって気になるのは7月24日〜8月9日という日程だろう。東京では今夏、最高気温35度以上の猛暑日が観測史上最多の8日連続を記録しており、「猛暑の五輪」になりかねない懸念があるからだ。

 暑さの影響を最も受けるマラソンは男女とも午前7時半に号砲予定。84年ロサンゼルス五輪の女子マラソン代表で、スポーツジャーナリストの増田明美さんは「アスリートファースト(選手第一主義)」の視点からスタートの前倒しを提案する。「午前6時スタートが選手の負担を減らせるはず。東京はビルが多く早朝はビルが日陰を作ってくれますから」と語る。コースも遮熱性や保水性のある道路にして選手や観客の体感温度を下げる工夫が必要だと訴える。

 一連の騒動について、増田さんは「ピンチをチャンスに変えなければいけません」と前向きにとらえている。さらにこう語る。「五輪後に運動する人が増えるような国民全員参加の五輪にしないといけませんよね」

 東京五輪の開催まで5年を切っている。皆に歓迎される大会にできるかどうか。今が正念場だ。

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