もう一度読みたい

<初のノーベル賞 湯川秀樹1>敗戦国日本 受賞に沸く

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
日本人のノーベル賞初受賞は、敗戦日本にとって大朗報だった。取材陣に取り囲まれる湯川秀樹氏=1949年11月撮影
日本人のノーベル賞初受賞は、敗戦日本にとって大朗報だった。取材陣に取り囲まれる湯川秀樹氏=1949年11月撮影

 今回の「もう一度読みたい」のテーマは、戦後間もない頃に日本人で初めてノーベル賞を受賞した科学者・湯川秀樹博士。受賞決定時の号外、毎日新聞への寄稿、遺族へのインタビューなどを通して、最先端の物理学者にとどまらず、核廃絶を訴える平和主義者で優れた随筆家でもあった湯川氏のさまざまな姿を振り返り、今年で24人の受賞を数える日本のノーベル賞の原点をたどります。第1回は、湯川氏の受賞が敗戦間もない日本でどのように受け止められたかを紹介します。当時の記事を読むと、国民の間に敗戦の虚脱感が残る中での世界最高の栄誉とされる賞の初受賞とあって、記者が走らせるペンからも高揚感が伝わってきます。【尾村洋介】

 1949(昭和24)年11月、まだ連合国の占領下にあった日本に大きなニュースが飛び込んできた。「原子核の中に中性子と陽子を仲介する中間子がある」という「中間子理論」を発表した湯川秀樹博士のノーベル物理学賞受賞が決まったのだ。日本人の受賞は初めて。広島・長崎への原爆投下、敗戦から4年がたったばかりだった。

この記事は有料記事です。

残り5706文字(全文6155文字)

あわせて読みたい

注目の特集