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岡崎 武志・評『人生の道しるべ』『霧(ウラル)』ほか

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人間のことが見えすぎてしまう

◆『人生の道しるべ』宮本輝・吉本ばなな/著(集英社/税抜き1200円)

 これは意外かつ豪華な組み合わせ。宮本輝・吉本ばななによる対談集『人生の道しるべ』は、150ページ強と薄い本だが、中身がなかなか濃く、読者を堪能させる。

 宮本の小説に「凄(すご)みを感じる」という吉本。デビュー以来、吉本に注目し、ここ数年の仕事を「練達の職人技」と評価する宮本。互いを敬しながら、作家として人間として成熟した二人が、人間関係、創作、家族と結婚、健康と死生観などについて存分に語り合う。

 私が注目したのは、やはり二人の創作活動についての発言。「作家は人間のことが見えすぎてしまいませんか」と吉本ばななが言えば、宮本は、「ぼやっとしている人の十倍ぐらいは、なにかに気づいてしまうよね」と、「作家の宿業」をさらけ出す。このあたり、テニスの名手によるラリーを見るようだ。

 かと思えば、血糖値を気づかい、脱炭水化物ダイエットを始めた宮本と、健康オタクとも思える吉本のくだけた会話が楽しい。宮本が長年、重症のパニック障害に苦しんだなど、初耳の話も満載だ。

◆『霧(ウラル)』桜木紫乃・著(小学館/税抜き1500円)

 桜木紫乃の新作『霧(ウラル)』は、北海道・根室で生きる男女の壮絶な愛を描く。時代は昭和30〜40年代。海峡を越えてこの街に流れ着いた男・相羽と、花柳界に生きる女・珠生が恋に落ちる。相羽は組を仕切るヤクザとなり、珠生はその「姐(あね)さん」に。著者はまた、珠生を含む有力者の三人姉妹の生き方を追いながら、裏社会の抗争をも描く。時代に翻弄(ほんろう)されつつ、生と性を開花させる女に著者の視線が熱く注がれる。北の国に強い女はよく似合う。

◆『この世にたやすい仕事はない』津村記久子・著(日本経済新聞出版社/税抜き1600円)

「仕事」小説を書いてきた津村記久子が、『この世にたやすい仕事はない』で、その決定版を放つ。前職を燃え尽き症候群で辞めた「私」は、失業保険切れを目前に、新しい仕事を探す。一日中「コラーゲンの抽出を見守るような仕事」と条件を出して、出合ったのが、在宅で仕事をしている一人暮らしの作家を監視する仕事(「みはりのしごと」)。ほか、「バスのアナウンスのしごと」「おかきの袋のしごと」「路地を訪ねるしごと」など。変な仕事から見えてくるのは?

◆『規格外』篠原信一・著(幻冬舎/税抜き1300円)

 テレビでよく目にする柔道家・篠原信一は、190センチという身長以外にも、『規格外』がウケていることが、本書でよくわかる。中学入学時、背が高いという理由で柔道部入り。「ただデカいだけ」でまるでやる気なし。それが「流されっぱなし」でシドニー五輪出場、「世紀の誤審」で銀メダル。監督就任のロンドン五輪ではメダルゼロで「歴史的惨敗」と叩(たた)かれた。それでもなぜか、のほほんとマイペースで歩く人生は、なんだかとてもいい。

◆『みんな彗星を見ていた』星野博美・著(文藝春秋/税抜き1950円)

『銭湯の女神』の作家が、キリシタンについて調べて書く。星野博美『みんな彗星を見ていた』は、ファンの意表をつきながら、やっぱり彼女の世界だ。家は曹洞宗、小中高はミッションスクールに通った著者は、天正遣欧使節の4少年に興味を持つ。彼らはリュートを弾いていた。迫害に殉教という日本のキリシタン史と、かの国で彼らが見たものとは? 長崎からバレンシア、バスクへ旅しながら、著者は真実の声を求めて400年の歴史をたどる。

◆『勇気の花がひらくとき』梯久美子・著(フレーベル館/税抜き1200円)

 幼くして両親と別れ、戦争に行き、弟を失ったやなせたかし。「なぜぼくだけが生きのこり なぜぼくだけがここにいる」という詩から、生涯抱えていたさびしさがにじむ。「弱いものが勇気を出したとき、ほんとうのヒーローになれる」と生まれたのがアンパンマン。傷つきながらも人を救おうとするヒーローは、やなせ自身を彷彿させる。編集者として育てられた梯久美子が、尊敬と感謝を込めて書いた『勇気の花がひらくとき』。大人の心にも届くはず。

◆『建築の大転換』伊東豊雄・中沢新一/著(ちくま文庫/税抜き780円)

「新国立競技場」騒動で揺さぶられた東京五輪。ハコもの建築について再検討の時期が来ている。伊東豊雄・中沢新一の対話『建築の大転換』に、先の問題についての緊急提言を増補、文庫化した。明治神宮外苑という空間を宗教的聖地とし、その視点から問題を考える中沢。コンペに参加し、ザハに破れた伊東は、「とんでもなく難しい条件を要求された」と明かす。そのほか、3・11以後になすべき課題、自然と人を分けない建築などについて語り合う。

◆『日影丈吉傑作館』日影丈吉・著(河出文庫/税抜き900円)

 日影丈吉は1991年に逝去した異色作家。澁澤龍彦も絶賛する異端の世界を築き上げた。『日影丈吉傑作館』は、その世界を知るには絶好の13編を収録する。幼少期の回顧に、民俗学と幻想を織り交ぜた代表作「かむなぎうた」は、乱歩が激賞したことで知られる。ツアーで月世界へ墓参りする「彼岸まいり」、戦中の人肉食を戦後に断罪された男を描く「食人鬼」、晩年に泉鏡花賞を受賞した短編集の一作「泥汽車」など、テーマの特異がきわだっている。

◆『ブッダが考えたこと』宮元啓一・著(角川ソフィア文庫/税抜き800円)

 日本に伝来して以来、宗派が分立し、主張も多種多様の「仏教」。一般人には全体像もイメージも混乱する中、宮元啓一は『ブッダが考えたこと』で、その始まりに立ち返る。ブッダの本性とは何か? 各種仏典を読み込むことにより、仏教の誕生に立ち会い、インド思想の中で捉えることを重要とする。ブッダが得た「悟り」から、読者は、孤独な天才が抱えた苦悩と知性を知る。非常識で非人情と、著者が記す本性から、従来のブッダ像が変革される。

◆『貴族(バンパイア)泥棒スティール』菊地秀行・著(毎日新聞出版/税抜き900円)

 「懐かしいのに新しい、大人のライトノベル・レーベル」と銘打ち、このたび軽装の新書判で創刊された「ミューノベル」。第1弾が菊地秀行の書き下ろし『貴族(バンパイア)泥棒スティール』ほか2作だ。ずっと未来のいつか、人類に替わり、核戦争後の世を支配するのは不老不死の吸血鬼「貴族」と呼ばれる種族だった。その吸血鬼が有する宝物を盗む「拝借屋」スティールは指名手配、賞金首にされた。『吸血鬼ハンター“D”』シリーズに依(よ)る新物語。

◆『さらば、資本主義』佐伯啓思・著(新潮新書/税抜き740円)

 「不幸の根源は経済成長と民主主義である」と、目を引く帯をつけるのが、佐伯啓思の『さらば、資本主義』だ。著者の見るところ、戦後の繁栄で得た豊かさは、同時に奇妙な社会をもたらした。地方に次々とできた巨大なショッピングモールは、便利さを追求するゆえに「街」の顔を失った。同様に「ITと金融がひきおこす人間破壊」「世論という魔物の正体」「脱原発から見えてくる意味」など、資本主義が行き着いた限界と問題点にメスを入れる。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年11月22日号より>

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