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岡崎 武志・評『古本屋ツアー・イン・ジャパン…』『小泉今日子書評集』ほか

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ただひたすら古本を求める純粋さ

◆『古本屋ツアー・イン・ジャパン それから』小山力也・著(原書房/税抜き2400円)

 新幹線を「とてつもない贅沢(ぜいたく)」と感じながら一路「八戸」へ。支線の長苗代駅は「雪原の端にある無人駅」。さらに歩いて目指すは「古書 坐来」だ。著者はここで古本を買い、さっさと東京へ戻る。観光も食の名店もなし。おそるべき、純「古本屋」紀行を全国展開するのが小山力也『古本屋ツアー・イン・ジャパン それから』だ。

 著者の本職はデザイナーながら、趣味が高じて、日本全国の古本屋をフィールドワークし、ブログに日々アップするようになった。本書はそれをまとめた第2弾で、155店を紹介する。同じような本がもう一冊あるというのがじつは恐ろしい。

 古本屋紀行の本はほかにもあるが、著者の特徴は、古本屋と名乗らぬ店も嗅ぎ付け攻めること。また、店内の棚をこと細かに再現する筆力は鬼気迫る。その場に読者を立ち会わせてくれるのだ。

 「古本屋には毎日行かねばならない」とは、著者の「古本修羅十戒」の一つ。全国の古本屋が泣いて喜ぶガイドブックである。

◆『小泉今日子書評集』小泉今日子・著(中央公論新社/税抜き1400円)

 小泉今日子が『読売新聞』書評欄に登場。2005年、これは大きな話題となった。以来、務めた10年間の仕事が『小泉今日子書評集』としてまとまった。全97冊を収録。西加奈子『さくら』を紹介するのに、「嬉(うれ)しい時、犬は尻尾を振る」と書き始める。自由自在な書きっぷりで、読者を本の世界に誘う。巻末対談に、引き受ける時「これはボツだ」「書き直せ」としっかり言ってください、と担当者に告げたとある。遊びではなく本気なのは、読めばわかる。

◆『貌なし』嶋中潤・著(光文社/税抜き1800円)

 嶋中潤『貌(かお)なし』は、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞後第1作。フリーライターの香の父が夏休みを取ったまま失踪。伯父から聞いた父の過去は、若き日、強盗殺人事件の法廷に被害者の証人として立った、という意外なものだった。容疑者の逃亡と消えた5000万円の行方は? 謎は仙台にあり。その影を追ううち、次々と悲惨な過去が明らかになり、香は父の絶望と苦悩と向き合うことに。松本清張を想起させる、重厚な人間ドラマが読みどころ。

◆『ネンレイズム/開かれた食器棚』山崎ナオコーラ・著(河出書房新社/税抜き1500円)

 山崎ナオコーラ『ネンレイズム/開かれた食器棚』は中編2編から成る。「ネンレイズム」は、「おばあさん志向」の村崎、逆に女子高生ぶりたい友人の紫(ゆかり)、そこにスカートをはいた男子・加藤が加わった高3トリオが、町の公民館の「編み物クラブ」へ通う話。「開かれた食器棚」では、関東地方最果ての地で「ハワイアン・カフェ」を経営する幼なじみの女性と娘の日々を描く。しみじみと温かくなる、これぞナオコーラ・ワールド。

◆『記憶の道草』串田孫一・著(幻戯書房/税抜き3900円)

 古本屋の棚で不思議と大切にされる人がいる。串田孫一はその最右翼。『記憶の道草』は、生誕100年、没後10年に合わせ、晩年に書かれた文章100を集めた。昔の東京で赤煉瓦(れんが)の塀を見た記憶もあれば、雪深い山を下り、町の古本屋で古い辞書を買った話もある。発表した媒体は雑多ながら、揺るぎなく精妙につづられる思いとことば。その安心感に身を浸す時、生きるとは、つまりはこういうことなんだと腑(ふ)に落ちる。コーヒーによく似合う本だ。

◆『山怪』田中康弘・著(山と溪谷社/税抜き1200円)

 昔から日本では、山には神々が宿るといわれてきた。マタギに関する取材を続けてきたカメラマンの田中康弘は、山にいる「何か」、つまり『山怪』について、山で暮らす人たちから聞いた不思議な話を紹介する。梅干しを持って歩く後ろをさくさくと足音をならしてついてくる狸。ぴょーんぴょーんと跳ねる、ビール瓶に尻尾(しつぽ)が生えた感じのツチノコ。吊(つ)るした干し餅をからからと揺らすタマシイ。いずれも実際の話。まさに「現代版遠野物語」(帯文)。

◆『日本人は何を捨ててきたのか』関川夏央・著(ちくま学芸文庫/税抜き1200円)

 関川夏央が鶴見俊輔に徹底インタビューを試みてできた『日本人は何を捨ててきたのか』が文庫化。今年93歳で没した思想家は、日本の近代化に始まり、自らのアメリカ留学と戦後体験、そして日本人の未来について、驚くほど明晰(めいせき)に、生き生きと語る。伊藤博文のような自由自在な精神を持つ明治人が作った「樽(たる)の船」に、みんなが入って、個人というものが日本からいなくなった、と鶴見は言う。我々はまだ、その樽から抜け出ていないのか。

◆『ミラノの太陽、シチリアの月』内田洋子・著(小学館文庫/税抜き670円)

 内田洋子は30年以上イタリアに在住する通信社勤務のエッセイスト。『ミラノの太陽、シチリアの月』で、かの地の暮らしや息吹を伝える。海に囲まれた半島だが、ミラノの人とトリノの人ではお気に入りの海が違う。わざわざ訪ねた冬の海沿いのホテルは、最上階にロシア皇女が住んでいた。ある日電話から流れてきた知らない男の声。誰かわかると、鼻先にオレンジの花の香が匂い、シチリアでの思い出が……。明るい陽光に照らし出された文章が心地よい。

◆『にぎやかな眠り』シャーロット・マクラウド/著(創元推理文庫/税抜き1000円)

 シャーロット・マクラウド(高田惠子訳)『にぎやかな眠り』は、アガサ賞生涯功労賞作家による「シャンディ教授」シリーズの第1弾。静かな田舎町に暮らす応用土壌学の教授がシャンディ。独身の彼は、近づくクリスマスの騒動を苦々しく思っていて、派手な飾り付けで妨害を試み、休暇の船旅で逃避行と洒落(しやれ)た。ところが予定を早めて家に戻ると、同僚の妻が、リビングで死んでいた。理科系の独身学者が挑む謎解きは、クリスマス読書にぴったり。

◆『スポーツアナウンサー』山本浩・著(岩波新書/税抜き740円)

 山本浩は、元NHKアナウンサー。サッカーはじめ多くの放送を経験してきた。『スポーツアナウンサー』は、その「実況の真髄」(副題)を開陳する。「目の前に展開するアクションを、ことばをベースに表現していくのがスポーツ実況の原則だ」と著者は言う。1986年のサッカー・メキシコW杯での5人抜きを、「マラドーナ」の連呼で伝えた実況は、今も語り継がれている。使わずじまいを覚悟しながら資料を用意するなど、その苦労話が興味深い。

◆『異端の人間学』五木寛之、佐藤優・著(幻冬舎新書/税抜き780円)

『異端の人間学』で対話する五木寛之と佐藤優を結びつけるのは、早大露文科出身と元・在露日本大使館勤務。つまりロシアだ。隣国にありながら、微妙な力関係にある国家のあり方を、ドストエフスキーからプーチンまで、存分に語り合う。ロシアへの意識抜きに日本の近現代は見えてこない(五木)。ソ連崩壊がアメリカの新自由主義的幼稚性をもたらした(佐藤)。二人の対話は、文学、政治経済、宗教などさまざまな分野に相わたり、刺激的だ。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年11月29日号より>

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