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岡崎 武志・評『巨人軍の巨人 馬場正平』『禁断のスカルペル』ほか

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自分を生かす道をやっと見つけた

◆『巨人軍の巨人 馬場正平』広尾晃・著(イースト・プレス/税抜き1852円)

 1999年1月、61歳で死去したプロレス界の巨人・ジャイアント馬場は、また『巨人軍の巨人 馬場正平』でもあった。17歳で高校中退し、巨人軍に入団。5年間在籍し、1軍登板も果たしていた。

 広尾晃は、この「巨人」の野球人生にスポットライトを当てる。新潟県三条市に生まれ、身長が急激に伸び始めたのは小4の頃だ。原因は、脳下垂体腺腫なる病気で、通称は「巨人症」。高1ですでに190センチ。集合写真では頭をかがめるなど、そのことに悩み苦しみ、モルモン教に入信した。

 悩める大男が自分を生かす道として、巨人軍へ入団を果たす。しかし、長い2軍暮らし。しかも当時のプロ野球界は、1軍と2軍は別個のグループで相反していた、と本書で初めて知った。視力の低下、巨人症の進行、解雇、大けがと馬場には不運がつきまとう。

 60年に力道山に入門。ここに天職を得る。「彼の巨体は、野球選手になるために神が与えたものではなかった」と著者は書く。ここで本当の「巨人」となった。

◆『禁断のスカルペル』久間十義・著(日本経済新聞出版社/税抜き1800円)

 久間十義の新作長編『禁断のスカルペル』は、夫と子を持つ美貌の若き女性医師が、上司との不倫が発覚し、職場と家庭を失うのが発端。そんな通俗小説めいた話が、赴任先の東北の病院から一変する。そこでは、「神の手」と呼ばれる凄腕(すごうで)医師の統率のもと、がん病巣のある腎臓移植が行われていた。禁断の手術に保健省が介入、法廷闘争にまでもつれ込む。そして3・11が来た。腎移植の現状を盛り込みつつ、患者と向き合うヒロインの姿を力強く描く。

◆『出島の千の秋』デイヴィッド・ミッチェル/著(河出書房新社/上税抜き3200円・下税抜き3300円)

 長崎・出島は、江戸期に東西交流が許された人工の島。日本に長期滞在経験を持つ英国作家、デイヴィッド・ミッチェルは、『出島の千の秋』(土屋政雄訳)で、異国情緒あふれるロマンを紡ぎあげた。時は寛政、長崎奉行の愛妾(あいしよう)の子を取り上げた医師の娘・織斗。彼女に恋するオランダ商館員、博識のオランダ人医師に、杉田玄白、前野良沢(りようたく)が加わり、ペリー来航前夜、若き産科医が見たもの、体験したことが練達の筆で描かれ、読者を堪能させる。

◆『盗まれた最高機密』山崎啓明・著(NHK出版/税抜き1600円)

 山崎啓明『盗まれた最高機密』は、広島・長崎に投下された原爆開発の裏で、暗躍したスパイ活動の真実を明らかにする。ナチズムへの恐怖から始まる大国間の熾烈(しれつ)な原爆開発競争、その勝敗を握るカギが、「アルソス」というアメリカの諜報(ちようほう)組織だった。著者とNHKスペシャル制作班は、計10カ国で取材し、核の機密を独占するパンドラの箱を開ける。二人の天才科学者、連合国の反撃、ハイゼンベルク追跡作戦、スパイMの正体など、興味津々の内容。

◆『世間(せけん)』藤田洋三・著(忘羊社/税抜き2700円)

 地べたにしゃがみ込み、うまそうにタバコを吸う老人。背後には板塀が続く。藤田洋三『世間(せけん)』は、昭和の別府に生きた人々の表情を写し取ったモノクロ写真集。リヤカーを曳(ひ)いて行商するおばあさん、流れ着いた精霊船で遊ぶ少年、ベトナム帰りの兵士と記念撮影する女性たちなど、たしかに「世間」がここにある。「1960年代あたりまでの別府は、喧噪と人の熱気でむせ返る、かつての香港のようなエネルギッシュな街だった」(あとがき)

◆『「家栽の人」から君への遺言』毛利甚八・著(講談社/税抜き1700円)

 昨年、がん宣告を受け「ステージ4Bで、半年の命」と告げられた毛利甚八。11年間大分の少年院でボランティアを続け、少年審判がテーマである大ヒットコミックの原作を手がけた経験をふまえて、『「家栽の人」から君への遺言』を書いた。佐世保高一同級生殺害事件の加害者に宛てた手紙の章で「『生きる』ことを理解することは、『自分が生きる』ことに他ならない」と書く。命を賭して紡いだメッセージは、現実にも遺言になってしまった。

◆坂本龍一『skmt 坂本龍一とは誰か』後藤繁雄・著(ちくま文庫/税抜き1000円)

 坂本龍一『skmt 坂本龍一とは誰か』は、後藤繁雄が1996年から2006年にかけて、長期断続的に試みたインタビューから成る2冊を合本してできた。音楽、旅、中国、戦争、愛、本など、断片から坂本龍一の日常の細部、そして全体像が見えてくる仕掛けだ。ニューヨークで9・11を体験した後に帰国。そこで「毎日、どこに『逃げ場』があるか考えていたりする」と発言。同時に民主主義と自由が奪われていく危機と欺瞞(ぎまん)についても訴える。

◆『死者は空中を歩く』/赤川次郎・著(徳間文庫/税抜き670円)

 多額の借金を抱え暴力団に脅される男をはじめ、集まった4人はいずれも脛(すね)に傷持つ身で逃走中。彼らを呼び出した千住(せんじゆ)忠高は、万華荘と呼ばれる屋敷に住む、財界の陰の実力者。家出した娘と夫、冒頭の4人を前に千住はこんな依頼をする。「私を殺していただきたいのです」。赤川次郎『死者は空中を歩く』は、1979年に書き下ろし刊行された初期の長編。一作前の長編『セーラー服と機関銃』の陰に隠れて目立たぬが、これは知られざる傑作。

◆『愛の空間』井上章一・著(角川ソフィア文庫/税抜き1120円)

 敗戦まもない皇居前広場は、野外で性交するため男女が集まる場所だった。それ以前でも、農村では野外での愛の交歓は当たり前。屋内への集約は「わりあい新しい現象」と説くのが、井上章一『愛の空間』だ。著者は男女が愛し合う場所の変遷を、資料を使って細かに追う。舟宿、待合、娼館(しようかん)からラブホテルと、なぜに人はそんな場所で? 小林多喜二『工場細胞』、石坂洋次郎『あじさいの歌』に現れる「ソバ屋の二階」の考察など、まじめにおかしい。

◆『世界のしゃがみ方』ヨコタ村上孝之・著(平凡社新書/税抜き740円)

 ヨコタ村上孝之『世界のしゃがみ方』は、「和式/洋式トイレの謎を探る」が副題の異色本。初のロシア旅行で、通路側から丸見えで不思議な形態のトイレを見てカルチャーショックを受ける。これは「和式(しゃがみ式)」ではないか。そこから、世界中の「しゃがみ方」をチェックするようになった。各国のトイレの「個室」事情、しゃがむ向きの違い、あるいはトイレットペーパーの比較研究など、低い目線から世界の文化的背景がうかがえる。

◆『水中考古学』井上たかひこ・著(中公新書/税抜き800円)

『水中考古学』とは耳慣れない言葉だが、井上たかひこは、沈没した難破船や海底都市など、水中遺跡の発掘調査に参加するスペシャリスト。タイタニックなど沈没船調査は有名だが、著者も日本で元寇(げんこう)船や千葉沖の黒船を発見するなど、数々の成果を挙げている。海底には、人類の遺産や歴史が手つかずに眠る。しかも本当のドラマは、引き揚げてから始まると言う。アレクサンドリア沖海底には、女王クレオパトラの海中宮殿が! 冒険小説なみのおもしろさ。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2015年12月13日号より>

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