尼崎脱線

母、犠牲者碑に「遼太」を 3年半後命絶つ

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JR福知山線脱線事故後に自死した長男遼太さんの祭壇の前で話す岸本早苗さん=兵家県宝塚市で2015年12月5日、大西岳彦撮影
JR福知山線脱線事故後に自死した長男遼太さんの祭壇の前で話す岸本早苗さん=兵家県宝塚市で2015年12月5日、大西岳彦撮影

「死を差別しないで」…JR西、原則106人対象

 「息子が生きた証しを残してほしい」。2005年4月に兵庫県尼崎市で起きたJR福知山線脱線事故で、JR西日本は犠牲者の氏名を刻んだ名碑を現場に設置する。事故で負傷し、約3年半後に命を絶った岸本遼太さん(当時25歳)=兵庫県宝塚市=の母早苗さん(71)は、その名碑に息子の名前を刻んでほしいと願う。名碑に刻まれる氏名について、同社は原則として列車で亡くなった乗客106人を対象にしており、早苗さんは「事故に遭わなければ、遼太は死なずに済んだ。死を差別しないでほしい」と訴える。

 京都市内の大学4年生だった遼太さんは通学のために宝塚駅から乗った快速電車で事故に遭い、首を捻挫した。阪急電車に変えて通学していたが、約2カ月後、凄惨(せいさん)な事故現場を思い出すようになり、パニック状態に陥った。電車に乗れなくなり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。「なぜ自分が生き残ったのか」と強く思うようになり、自宅の部屋でふせることが多くなった。大学は卒業したが、就職活動はで…

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