SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『冥途あり』『忘れられた詩人の伝記』ほか

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

2015年のイチオシ

 芥川賞芸人の快進撃に沸いた15年。本は『火花』だけじゃない!とばかりに実力派や新人の活躍もめざましかった。サンデー独自のジャンル別イチオシを一挙紹介。

小説

◆『冥途あり』長野まゆみ・著(講談社/税抜き1500円)

 まず目を見張ったのが長野まゆみ『冥途あり』。東京下町育ちの父親が焼き場で骨に。娘の真帆が、父の過去を遡(さかのぼ)り、広島での被爆体験を知り驚く。著者は深刻な話を、あくまでなめらかな語り口で叙述する。「冥途(めいど)あり」は「毎度あり」の洒落(しやれ)と遊びも見せて、成熟した筆を感じさせた。同著は15年、泉鏡花賞と野間文芸賞をダブル受賞。

 80代に突入した小林信彦が、長編『つなわたり』(文藝春秋)で、不安定な中年男の「性」を扱い、新趣向を見せた。筆が枯れていないのだ。ほか、昭和の犯罪を描く藤田宜永の長編『血の弔旗』(講談社)がさすがに手練の筆で読ませる。

 海外文学では、幸せも悲しみも、すべて見尽くす灯台と灯台守を巡る悲劇を描いたM・L・ステッドマン(古屋美登里訳)『海を照らす光』(早川書房)。表題作ほか「普通」からはみ出す人々を扱う、ケヴィン・ウィルソン(芹澤恵訳)の奇妙な味わいの短編集『地球の中心までトンネルを掘る』(東京創元社)が印象に残った。

ノンフィクション・エッセー

◆『忘れられた詩人の伝記』宮田毬栄・著(中央公論新社/税抜き4600円)

 振り返ると15年は、人物ものや評伝に力作が目立った。宮田毬栄『忘れられた詩人の伝記』は、さすがに力が籠もっている。というのも、副題「父・大木惇夫の軌跡」とあるように、戦意高揚の詩人として戦後排斥された「戦友別盃の歌」の作者は、著者の父なのだ。表現の魔力にとらわれながら、何もすることのなかった後半生を憂い、深い哀愁を残した。

 細見和之『石原吉郎』(中央公論新社)もまた、シベリア抑留という戦争の遺産を背負った、詩人の詩と生涯に迫る。野上孝子『山崎豊子先生の素顔』(文藝春秋)は、国民作家・山崎の秘書を長年務めた人物が見た、彼女しか知り得ない真実が語られる。金子國義の初の自伝となる『美貌帖』(河出書房新社)は、紹介してすぐ著者が逝去(15年3月16日)され驚いた。佐野洋子『私の息子はサルだった』(新潮社)は、没後に発見され刊行の運びとなったエッセー。「猿だね、まったく」とあきれつつ、我が子を見つめる視線が温かい。

写真集・ビジュアル本

◆『フォトアーカイブ 昭和の公団住宅』長谷田一平・編(智書房/税抜き2000円)

 長谷田一平編『フォトアーカイブ 昭和の公団住宅』は、「明日は今日よりもっとよくなる」と思われた高度成長期を、団地写真で可視化する。集会、パーティー、祭りと、孤立せずみな集い笑い合う姿が、涙が出るほど懐かしい。子どもたちの姿が、どれも生き生きしている。

 新城和博は生まれも育ちも沖縄。『ぼくの〈那覇まち〉放浪記』(ボーダーインク)は古い地図を繙(ひもと)き、変貌する「那覇まち」を放浪し、写真に収める。見知った町の失われた風景がそこにある。越野弘之『昭和レトロ自販機大百科』(洋泉社)は、国道沿いのドライブインなどに残る自販機を求めて、日本全国を行脚した奇書。仁鶴(にかく)のボンカレー自販機には泣けた。吉村生・高山英男『暗渠(あんきよ)マニアック!』(柏書房)はその「暗渠」版。地面に隠れた「水」の痕跡を追う姿は、いや「マニアック」過ぎるって。

 梅原猛・呉智英共著の『水木しげる 鬼太郎、戦争、そして人生』(新潮社とんぼの本)では、貴重な原画を掲載し、生ける伝説を紹介する。この時、よもや、鬼籍に入られるとは、思ってもみなかった。「私は人一倍、生きることが好きだった」という言葉が、いま胸に響く。

文庫

◆『原民喜全詩集』原民喜・著(岩波文庫/税抜き500円)

 一冊あたりの部数が減り、苦戦する「文庫」だが、逆手に取ったおもしろい試みもある。たとえば今年、いい詩集がずいぶん文庫化された。原爆体験を「夏の花」で詩的文体に結晶化させた原民喜。『原民喜全詩集』で、詩業の全貌を見渡せる。「死が死をまねき罪が罪を深めてゆく今」(「讃歌」)など、深い怒りと鎮魂が、今こそ身に沁(し)みる。谷川俊太郎編『辻征夫詩集』、伊藤比呂美編『石垣りん詩集』も岩波文庫。

 『高階杞一詩集』(ハルキ文庫)は、幼い息子を失った慟哭(どうこく)を綴(つづ)り、感動を呼んだ『早く家(うち)へ帰りたい』の詩人を知るに最適な一冊。『春よめぐれ』(ノア詩文庫)は、阪神・淡路大震災を経験した安水稔和の詩集。あの災害を著者は「五十年目の戦争」と呼ぶ。 

 長與善郎『復刻版 少年滿洲讀本』(徳間文庫カレッジ)、久生十蘭『内地へよろしく』(河出文庫)は、ともに、埋もれた戦争文学を復刊。文庫でもこのようなことができるのだ、と勇気づけられた。

新書

◆『イスラーム国の衝撃』池内恵・著(文春新書/税抜き780円)

 新書は生鮮食料品と同じ、テーマがタイムリーであることが命だ。パリでの襲撃テロ、日本人人質殺害事件など、世界情勢を切迫させるイスラム国。池内恵『イスラーム国の衝撃』は、最新の情報を踏まえ、「不気味」の歴史的背景と正確な実態を伝える。黒ずくめでナイフを振りかざす「公開処刑」の意味、なぜ他国の若者たちが集まるのか、その資金源の謎などを明らかにする。これは決してよそ事ではないと、本書は教える。

 宮田律『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP新書)は、同じテーマを扱いながら、「イスラム世界の『パンドラの箱』を開けてしまった」アメリカの「対テロ戦争」に的を絞る。空爆はじめ、軍事行動の過激化による暴力の連鎖が、混迷する中東情勢を招いたともいえる。

 サブカルものでは春日太一『市川崑と「犬神家の一族」』(新潮新書)の詳細な分析と、輪島裕介『踊る昭和歌謡』(NHK出版新書)が面白かった。日本人の大衆音楽を「リズム」中心に読み直す。ジャズにマンボにツイスト。「踊る日本人」像がそこに浮かび上がる。

−−−−−

おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年1月3・10日合併号より>

あわせて読みたい

注目の特集