メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

漫画で解説

真田幸村ってどんな人?の巻

2016年NHK大河の主役 「日本一の兵」の人生とは

[PR]

ケビンとアンジェリカ夫妻が、信州への旅行を計画しています。 長野県の上田は真田幸村ゆかりの地ですね。2016年のNHK大河ドラマは「真田丸」です。主人公の幸村役は堺雅人さんです。 さて、真田幸村とは、どんな人だったのでしょうか。
幸村は信州の小領主の真田家に生まれ、関ケ原や大坂の陣で徳川家康軍を相手に果敢に戦った人です。 真田氏中興の祖といわれる幸隆、昌幸、信幸、幸村を「真田三代」と言います。 信幸・幸村兄弟の父である昌幸は、長篠の戦いで兄の信綱と昌輝が討ち死にしたため、真田家の当主となりました。 関ケ原の戦いで、信幸は東軍(徳川方)、昌幸と幸村は西軍(石田三成方)に分かれて戦い、上田城の戦いで昌幸と幸村は家康の息子の秀忠率いる大軍に大打撃を与え、このために秀忠は関ケ原に遅参しました。 しかしなぜ、肉親が敵味方に分かれて戦ったのでしょうか。 さまざまな理由がありますが、昌幸は家康が嫌いだったのです。一方の信幸は、家康の重臣、本多忠勝の娘を正室に迎えていました。
関ケ原で敗れた昌幸と幸村は、和歌山県の九度山へ流され、幸村はここで14年間雌伏しました。 九度山には抜け穴伝説のある「真田古墳」や、真田三代の霊をまつる地主権現もあります。大河ドラマの放映を前に、町のあちこちに真田の旗印である「六文銭」ののぼりがたなびいているそうです。 「六文銭」は、真田が武田氏の配下だった際、軍功を認められて金銭六文を賜ったから旗印にしたという説が有力です。 やがて1614年、「大阪冬の陣」が起きます。この時、幸村は再び徳川軍と相対します。 幸村が大阪城に築いた出城が「真田丸」です。ここを拠点に徳川軍を手玉に取りました。
しかし翌1615年、「大坂夏の陣」で幸村は、家康の本陣に突入し、討ち死にしました。幸村はその戦いぶりから「日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)」とたたえられています。

おすすめ記事

広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 宅八郎さん死去 57歳 「おたく評論家」の肩書でテレビ番組出演

  2. 「へずまりゅうの弟子」名乗るユーチューバー逮捕 山口の墓地で卒塔婆振り回した疑い

  3. ORICON NEWS 『鬼滅の刃』2日連続で全国5紙ジャック、朝刊に広告「想いは不滅」 主要15キャラの名言&作者メッセージ掲載

  4. 「菅語」を考える 論理的でない受け答え「首相の器ではない」 上西充子法政大教授

  5. 見る探る 「これはいじめではないか…」アンジャッシュ・渡部建さんの謝罪会見に行ってみた

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです