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歴史の鍵穴

斉明西征のもう一つの謎 「還」ったのは壱岐から=専門編集委員・佐々木泰造

斉明の西征

 朝鮮半島の百済(くだら)復興を支援するために661年、瀬戸内海を西に向かった斉明天皇の船は、進路を日の入りの方位に合わせていた。大阪湾岸の難波津(なにわづ)から松山市北西の熟田津(にきたつ)まで8日しかかからなかったのに、そこから娜大津(なのおおつ)(博多港)まで2カ月以上かかった理由の一つはそれだろう。だが、『日本書紀』の斉明西征の記事には、もう一つ謎が残されている。

 前回(昨年11月)も触れたように、『日本書紀』に記された斉明の行程をたどると、旧暦1月6日に難波津を出発し、8日に岡山県沖の大伯海(おおくのうみ)を通った。熟田津に着いたのは14日だ。

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