豊臣秀吉

書状33通発見 重臣に指示や叱責 

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

 豊臣秀吉が重臣の脇坂安治(わきざか・やすはる)に送った書状33通がまとまって見つかった。内容を解読した東京大史料編纂(へんさん)所と兵庫県たつの市が21日、発表した。天下統一を進める秀吉が細かい指示を繰り返していたことが分かるという。同編纂所の村井祐樹助教は「子飼いの家臣を厳しく叱責しながら、育てた様子がうかがえる。秀吉の細かい性格を裏付けた意味でも貴重な史料」と評価している。

 安治は、秀吉が織田家最古参の柴田勝家を破った賤ケ岳(しずがたけ)の戦いの「七本槍(やり)」の一人として知られ、後に子孫が龍野藩主を務めた。文書は安治をまつる龍野神社(同市)が所蔵していたが、1965年ごろに流出し、2012年に所有者宅の火災で水損した。たつの市は14年に所有者から購入し、同編纂所の協力を得て、約1年間かけて修復、内容を解読した。

この記事は有料記事です。

残り483文字(全文848文字)

ご登録から1カ月間は100円

※料金は税別です

あわせて読みたい

注目の特集