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岡崎 武志・評『朱の記憶 亀倉雄策伝』『笑顔まんてんタビ好キ的生き方の…』ほか

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人々の心をつかみ、心に残る「魂」

◆『朱の記憶 亀倉雄策伝』馬場マコト・著(日経BP社/税抜き1800円)

 エンブレム盗作がミソのつけ始めだった、来る東京五輪。前回の1964年開催で使われた、朱の日の丸と五輪と文字のエンブレム。勇壮で直截(ちよくせつ)、悲願が込められた素晴らしい出来で圧倒した。

 デザインしたのは亀倉雄策。馬場マコト『朱の記憶 亀倉雄策伝』は、デザインという言葉を日本に根付かせた立役者の評伝だ。ドイツのバウハウスに目を開かれた少年図案家は、「直線と曲線の構成主義」を旨として、戦前・戦中・戦後と独自の道を行く。

 第一書房・長谷川巳之吉、土門拳、名取洋之助、河野鷹思(たかし)と、現代の侍たちに揉(も)まれ、亀倉デザインが出来上がる過程は、昭和史と重なって大河ドラマを見るようだ。こんなにデザイン史がおもしろくてもいいのか。

 亀倉の「朱」で飾った五輪ポスターは、戦後復興の精神のバックボーンとなり、五輪終了後も「朱の記憶の旗を、人々は心のなかに掲げ続けた」と著者は書く。デザインは小手先の技ではない。目に見える「魂」なのだ。

◆『笑顔まんてんタビ好キ的生き方のススメ』前川清・著(中央公論新社/税抜き1300円)

 前川清が、2012年春から始まった九州朝日放送の旅番組に出演中。BSや地方局にも拡大され、人気を得ている。『笑顔まんてんタビ好キ的生き方のススメ』は、そんな番組収録のつれづれに、出会った人、感じたことを綴(つづ)る。大分県「姫島」では、昭和の香りがする子どもたちに抱きつかれ、テレビの影響力の大きさに驚く。畑仕事をしているおばあさんの前で「長崎は今日も雨だった」を歌うことも。力の抜けた人柄が伝わり、読む者をなごませる。

 ◆『現在落語論』立川吉笑・著(毎日新聞出版/税抜き1400円)

 『現在落語論』の著者・立川吉笑は、1984年生まれ。26歳で談志の孫弟子となり、二つ目になったばかり。落語以外のユニークな活動で注目される新鋭が、真正面から落語とは何かを考える。なぜ座布団に正座するのか、という基本に始まり、古典と新作、マクラの存在理由、あるいは志の輔、談笑など先輩や我が師の落語との向き合い方に、現在の落語のあり方を見いだしていく。漫画と落語の比較論など、これまでになかった切り口に才気を感じる。

◆『冬の物語』イサク・ディネセン/著(新潮社/税抜き2400円)

 イサク・ディネセンといえば、『アフリカの日々』の著者として知られるデンマークの女流作家。彼女がナチス占領下の本国で書き継いだ短編集が『冬の物語』(横山貞子訳)で、生誕130周年の昨年末、邦訳された。船から陸へ上がった少年が、トラブルから仲間をナイフで刺し、血まみれの手で逃げ惑う。彼を助けた老婆は、ある者が姿を変え恩返しに来たのだった(「少年水夫の話」)。ほか、春を待つ冬のデンマークが象徴的に描かれる。

◆『米軍が見た東京1945秋』佐藤洋一・著(洋泉社/税抜き2400円)

 佐藤洋一文・構成『米軍が見た東京1945秋』は、進駐した米軍が、調査資料として撮影した中から、約170点の写真を、一挙公開する。ところどころコンクリート建築だけ残る、焼け野原の銀座界隈(かいわい)。上空から捉えた戦後東京は、どこまでも荒野が広がる。雨の万年橋から、GIたちと歌舞伎座が見える。あるいは破壊され尽くした武蔵野の工場、残された大森の捕虜収容所。敗戦で途方に暮れる日本人では届かない視線の向こうに、勝利者の目がある。

◆『1+1の和の料理』松本栄文・著(NHK出版/税抜き1700円)

 副題に「単純こそがおいしい理由」とある。食材の個性を生かし、くせを新たなおいしさに変えることをモットーにする松本栄文の料理本が『1+1の和の料理』。1+1の材料が、2ではなく5にも10も広がるようにと考えられた松本の料理は、和風の「和」、足し算の「和」、そして幸せな食事がもたらす平和の「和」をあらわしているよう。「御飯」の項では「育てるは稲。炊くは御米。器によそうは御飯」と、素材の豊かさを重んじる日本人の心を述べる。

◆『国技館 大相撲力士、土俵の内外』尾崎士郎・著(河出文庫税抜き/660円)

 『人生劇場』の尾崎士郎は大の相撲好きで、横綱審議委員を長く務めた。『国技館 大相撲力士、土俵の内外』は、1960年に刊行された『小説 国技館』を文庫化。帰り新参・清水川、名寄岩(なよろいわ)の悲壮、苦節の人生を歩んだ綾川、剛の高砂(たかさご)・柔の朝汐、そして双葉山、男女(みな)ノ川など往年の名力士たちとの交友を、温かい目で回顧する。まさにそれは相撲の黄金時代でもあった。若乃花横綱昇進の際、審議会が揺れた「花咲く土俵」は相撲ファン必読。

◆『奇譚を売る店』芦辺拓・著(光文社文庫/税抜き660円)

 古本とミステリーはよほど相性が合うのか、古来、名作珍品が書かれてきたが、ここに芦辺拓『奇譚を売る店』が加わった。めでたい。いずれも古書店にて「−また買ってしまった」で始まる奇譚(きたん)を扱う6編の連作短編。表題作は、邦文タイプを叩(たた)く店主がいる古本屋で『奇譚を売る店』という本を買ったところ、出版元がその古書店であった。そこから迷い込んだ不思議の世界とは? 日常と非日常の間に生まれる恐怖が古書まみれで描き出される。

◆『マジシャンは騙(かた)りを破る』ジョン・ガスパード/著(創元推理文庫/税抜き1100円)

 ジョン・ガスパードが『マジシャンは騙(かた)りを破る』(法村里絵訳)で創出した探偵は、30代後半のマジシャン・イーライ。デバンカー(暴き屋)界の伝説の人であるおじの代理で、テレビ生中継する自称・超能力者のインチキを暴いてみせた。ところが翌日、彼は警察に身柄を拘束される。超能力者が殺され、残されたトランプのカードが、イーライのものだった。証拠不十分で釈放された彼に降り掛かる連続殺人事件。マジシャン探偵は無事に謎が解けるか?

◆『漁師と水産業』小松正之・著(じっぴコンパクト新書/税抜き800円)

 世界第6位の海洋大国ながら、日本の漁業の2割は養殖で、早いもの勝ちの乱獲が進んでいる。小松正之監修『漁師と水産業』は、元水産庁官僚でこの分野に詳しい著者が、いまの日本漁業が抱える秘密、問題点を項目別に洗い出す。漁業権と漁業組合の関係から、漁業の発展を妨げている補助金問題、あるいは動力船の登場で、何が変わったかなど、最新のデータを掲げつつ解説。漁師になる方法や、流通と販売にも言及し、我々は知らないことだらけだと知る。

◆『戦国武将はなぜその「地名」をつけたのか?』谷川彰英・著(朝日新書/税抜き820円)

 『戦国武将はなぜその「地名」をつけたのか?』の著者・谷川彰英によれば、戦国時代の地名は、武将たちが自分の治める地にふさわしく、新たにつけたものだという。岐阜の「阜」に隠された信長の野望とは? 秀吉が治めた長浜は、信長の「長」か。もとは「隈本」だったのを「熊本」に改めた加藤清正。家康の命名した「浜松」は、縁起のいい「松」の転訛(てんか)である。全国を実際に歩き、写真と地図を交えながら、武将たちの夢を実証する。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

 <サンデー毎日 2016年2月7日号より>

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