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岡崎 武志・評『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』『謀略監獄』ほか

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長い間、この国を支えていた

◆『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』畑中章宏・著(晶文社/税抜き1800円)

 地方を旅すると、かつての繁栄を感じさせる街道筋と、蔵付きの古く大きな木造農家を目にすることがある。調べると、たいていは、昭和の初めごろまで養蚕が盛んだった土地だと気づくのだ。

 養蚕業は日本の輸出産業の花形で、外貨を獲得し、近代化と富国強兵に寄与した。そのため、糸を吐く蚕は、農家の屋根裏で大切に飼われ、崇(あが)める民間信仰まで生まれたのである。畑中章宏『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』は、そんな蚕と日本人を結ぶ濃密な関係を、ていねいに叙述する。

 これまで注目されてこなかった、養蚕や織物においての女性の役割。『女工哀史』に代表される少女たちと製糸工場の関係。養蚕で栄えた村の暮らしや風俗など、民俗学的アプローチから、まさに糸を紡ぐように著者は「蚕」の意味を説き、説得力に富む。

 しかし、「日本社会の古代にはじまり、近代の熱狂を過ぎた現在、ほとんど『遺産』としてみられている」。暗がりで静まる養蚕業に、強い光を当てる好著だ。

◆『謀略監獄』ヘレン・ギルトロウ/著(文藝春秋/税抜き2150円)

 ヘレン・ギルトロウはイギリスの女流作家。デビュー作『謀略監獄』(田村義進訳)は、構想から13年をかけた、いきなりの話題作だ。刑務所暴動の多発に手を焼き、イギリス政府が廃虚の街を二重の壁で囲んで刑務所にした。そこに送り込まれた殺し屋ジョハンセン。それを壁の外からサポートするのがカーラで、本編の語り手でもある。事態はギャングの抗争、老スパイの死、女医の失踪など、謎と謀略がからむ。2段組み約470ページのミステリー長編。

◆『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』牧村康正・山田哲久/著(講談社/税抜き1500円)

 牧村康正・山田哲久『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』は、現代日本SFアニメの金字塔を製作した男の物語。「ヤマト」のプロデューサー西崎が、2010年海へ転落死した訃報を、関係者は「消された?」と疑った。「大ぼら吹きで、金にルーズで、女ったらし」の独裁者。そんな悪党が、あの「ヤマト」を生み出した。著者二人は、多くの証言により、塀の中の西崎など、これまで知られなかった破天荒なカリスマの正体を暴き出す。

◆『もか吉、ボランティア犬になる。』江川紹子・著(集英社インターナショナル/税抜き1400円)

 表紙写真で舌を出す犬が「もか吉」。「この笑顔に癒やされる!」(帯文)。そのわけは江川紹子『もか吉、ボランティア犬になる。』を読めばわかる。和歌山市郊外のどぶから子犬が救い出され、その一匹が「もか吉」と名付けられた。この家族の愛犬が、やがてボランティア犬となる。盲導犬や災害救助などの訓練はされていない。しかし、高齢者施設や子どもの通学路をパトロールする地域のアイドルとなった。その4年の軌跡を追うドキュメント。

◆『続 神経内科医の文学診断』岩田誠・著(白水社/税抜き2100円)

 岩田誠は脳と神経の専門家の立場から、古今東西の文学を読み直す。そんな試みによる著作の第2弾が『続 神経内科医の文学診断』。マルケス『百年の孤独』で蜃気楼(しんきろう)の村を創設した一族が病む不眠症を「家族性致死性不眠症」と診断、40年前の留学体験に話が及ぶ。ウィリアムズ『欲望という名の電車』ヒロインの「嘘(うそ)つき脳の働き」を論じ、ウルフ『ダロウェイ夫人』に見られる変形視、幻聴、自殺の現象への考察など、医学と文学の幸福な結合。

◆『桃源郷の記 中国バーシャ村の人々との10年』竹田武史・著(新潮社/税抜き1800円)

 中国でもっとも貧しいといわれる貴州省。この地で10年あまりを過ごしたカメラマンの竹田武史は、村の人々の営みや表情の豊かさ、自然の移り変わりを写真におさめ、『桃源郷の記 中国バーシャ村の人々との10年』というノンフィクションにまとめた。日本からの旅人を招き入れて温かくもてなし、肩を寄せ合い笑顔で心穏やかに暮らす彼ら。しかし近代化の波は確実に押し寄せる。複雑な思いを抱きつつ、カメラは彼らの素朴な日常をすくいとる。

◆『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』木皿泉・著(河出文庫/税抜き600円)

 夫婦脚本家・木皿泉が手がけた短編集『昨夜(ゆうべ)のカレー、明日(あした)のパン』は、本屋大賞(2014年)第2位に。文庫版には書き下ろし作「ひっつき虫」を収録。「ムムム」は、夫を失って7年のテツコさん、「山より大きいシシは出ん!」が口ぐせのギフ(義父)との日々が描かれる。テツコには恋人がいる。その恋人・岩井さんからプロポーズされるが……。軽妙な会話のやりとりから、人生の一番大事なところにさらりと触れる、木皿マジックが味わえる。

◆『上を向いて歩こう』佐藤剛・著(小学館文庫/税抜き710円)

 日本の曲で唯一全米チャート1位となり、いまなお歌い継がれる奇跡の歌が『上を向いて歩こう』。佐藤剛は、歌のタイトルそのままの本書で、誕生秘話からその後の成長を、取材と資料を通して見届ける。作曲者・中村八大がこの曲に託した思いとは? 斬新な口語体で歌詞をつけた永六輔、独特な歌唱法で命を吹き込む坂本九。著者は、いくつもの「なぜ?」に答える形で、一曲に戦後日本が込めた思いを、きめ細かい資料探索からあぶり出していく。

◆『増補版 ドキュメント死刑囚』篠田博之・著(ちくま文庫/税抜き900円)

 日本を震撼(しんかん)させた1988〜89年の幼女連続殺害事件。死刑執行という結末の宮崎勤と、12年にわたり文通していたのが雑誌『創』編集長の篠田博之だ。『増補版 ドキュメント死刑囚』は、ほか小林薫、宅間守、林眞須美などと接触した経験を通し、彼らの素顔を明かす。また、確定から執行までの猶予が早まる現行の「死刑」の意味について考える。彼らが謝罪せず、外界とコミュニケーションを絶つのはなぜか? 事件の背景には何があるのか、考えさせられる。

◆『文系学部解体』室井尚・著(角川新書/税抜き800円)

 『文系学部解体』の著者・室井尚は、横浜国立大学教授。昨年6月の文科省通達以後、突如国立大を襲った「文系学部・学科の縮小」問題を、早くから取り上げ発言してきた人物だ。世に流通する単純な対立構図を排し、ここ数十年の大学改革の歴史と、ここに至る経緯と大学の存在意義を徹底解説する。本当に文系学部は不要なのか。「我々が育てているのは『人間』であって国家やグローバル企業に奉仕する『人材』ではない」の言葉がとても重い。

◆『安倍晋三「迷言」録』徳山喜雄・著(平凡社新書/税抜き780円)

 安保法制を強行成立させた第2次安倍内閣。首相の種々の発言は、危うさを感じさせる。『安倍晋三「迷言」録』は、朝日新聞記者・徳山喜雄がその「迷言」を通し、「政権・メディア・世論の攻防」(副題)を読み解く。自分に対する批判には「レッテル貼り」「デマゴーグ」と紋切り型で反撃し、自らの暴言には「言論の自由」と言い張る。この理屈にもならぬ迷言を検証することで、日本の言論状況が見えてくる。今後も、安倍「迷言」をチェックだ。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年2月14日号より>

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