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<毎日新聞1946>新憲法の政府草案を歓迎 改憲論争、50年代に原形

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貴族院で行われた日本国憲法公布記念式典。昭和天皇を前に勅語奉答文を朗読する吉田茂首相=1946年11月3日撮影 拡大
貴族院で行われた日本国憲法公布記念式典。昭和天皇を前に勅語奉答文を朗読する吉田茂首相=1946年11月3日撮影
1946年3月7日の毎日新聞朝刊1面 拡大
1946年3月7日の毎日新聞朝刊1面

 1946年3月7日、毎日新聞朝刊は「憲法改正草案発表さる」の大見出しで、1面のほぼ全てを割いて政府の草案を報じた。続く見出しは「天皇は国民統合の象徴」「永久に戦争を放棄」「貫ぬく主権在民の思想」。草案には現憲法の根幹をなす民主主義、平和主義の考え方が盛り込まれていた。

 約1カ月前の2月1日、毎日新聞は政府の憲法問題調査委員会(委員長・松本烝治国務相)の試案をスクープしている。天皇を君主とし統治権も持つとする保守的な内容。この記事に驚いた連合国軍総司令部(GHQ)が戦争放棄などを盛り込んだ独自の草案を作成し日本側に提示したとされる。しかし、スクープをきっかけに激しく動き出したGHQと日本政府による草案づくりの作業については、政府草案が発表されるまで毎日新聞に全く登場しない。

 政府草案を毎日新聞は手放しで歓迎した。3月8日社説は「敗戦による惨憺(さんたん)たる破局状態からわが国を救い出し、この国家国民に絶大なる勇気と希望を投げかけるもの」と記している。

 国民も好意的に受け止めたようだ。5月27日朝刊に載った世論調査によると、象徴天皇制の「支持」85%、「反対」13%。戦争放棄の条項も「必要」70%、「不要」28%と圧倒的な支持を得た。ただ、不要の理由として「自衛権まで捨てる必要はない」との意見もあり、毎日新聞は「戦争放棄の崇高な理念を理解しながらも、自衛権にもとづく反対論ないし修正論が相当強い」と結論づけた。

 政府草案は多くの修正を経て国会で議決された。公布は11月3日。半年間を普及期間に充て、47年5月3日に施行された。毎日新聞は施行当日の社説で「われわれ自身の手で制定した新憲法ではあるが(主権在国民、個性の尊厳の確立、戦争放棄の)どの一つ一つをとりあげても、並々ならぬ努力と、不退転の決意を要する」と訴えた。占領期間を通じて社説の論調は、憲法の理想実現のため国民に「努力」を求めた。

 熱気とともに迎えられた憲法だが、施行からわずか1年後には改正の動きが出る。48年8月16日社説は改正について「実施後一年以上を経過した今日改正の必要ありや否やを研究することも意味なしとしない」と書いている。論点として、天皇の国事行為▽衆参両院の同質性▽首相指名の手続きなどを挙げ、9条は登場しない。

 毎日新聞が9条改正論を取り上げるのは、日本の独立が視野に入ってきた頃から。背景には、米ソ冷戦下で50年に朝鮮戦争が始まり、日本に再軍備を求める「逆コース」の流れがあった。52年4月14日朝刊に載った再軍備を問う世論調査では「軍隊を持つためには憲法改正する必要がある。国民投票でどちらに投票するか」との問いに、「改正賛成に投票」43%、「改正反対に投票」27%と改正派が多数を占めた。

 独立後初の憲法記念日となった52年5月3日の社説は占領下に短期間で制定された経緯を踏まえつつ、「与えられた憲法であるとの理由だけで、改正すべしというのであれば、単にそれだけでは賛成するわけにはいかない。現在の憲法の内容そのものが、改正の必要があるかないかで決定さるべき」と主張した。9条については「融通性のある解釈をすることが、かえって憲法に対する国民の遵法(じゅんぽう)精神を傷つけるようなことになる危険性もある」と政治判断で解釈が拡大することへの懸念も示した。

 現在の憲法論争の原形は既にこの時にできあがり、今も議論は続いている。【伊藤絵理子】

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