SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『拳銃伝説』『天才』ほか

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

一丁の拳銃が語る衝撃の昭和史

◆『拳銃伝説』大橋義輝・著(共栄書房/税抜き1500円)

 1930年東京駅。歩廊に響いた一発の銃弾が、ときの首相・濱口雄幸(おさち)に命中。一命を取り留めたものの9カ月後に死去した。首相暗殺に使われたのはモーゼル式8連発拳銃。この一丁が衝撃の昭和史を切り裂いていく。

 大橋義輝『拳銃伝説』は、事件の背後を追うことで、次々と新事実を暴き出すノンフィクション。「モーゼル」が、1年前には川島芳子の所有物というのは、ほんの触りにすぎない。濱口の死因となる傷口の細菌、それを鑑定した医師・清野は鳥獣戯画をはじめ文化財を盗み出す奇人、その愛弟子は陸軍の細菌部隊の隊長で……。

 ページをめくれば、必ず驚きの展開が待つ『拳銃伝説』。清野の論文「阿伝陰部考」は、明治の毒婦・高橋お伝の陰部アルコール漬けの研究で、春画つながりが帝銀事件真犯人を突き止めるあたり、頭がくらくらしてくる。

 著者が必ず現場へ足を運び、隠れた謎の鍵を開ける粘りと手腕は敬服の一語だ。最後に武者小路実篤まで出てきます。いやはや!

◆『天才』石原慎太郎・著(幻冬舎/税抜き1400円)

 『天才』は、石原慎太郎が田中角栄の生涯を「俺」という一人称で描き切る。道楽者の父に苦労した母に育てられた、内気ないじめられっ子が、学芸会の「勧進帳」で生まれ変わる。体得したのは、仕事には根回しが必要なこと。高等小学校卒という学歴で政界入りした「俺」は、数字に強く駆け引きが上手(うま)く、義理人情を武器に戦後社会で成り上がっていく。角福戦争、ロッキード事件の内幕も暴きながら、毀誉褒貶(きよほうへん)激しい男の本心を突く。読みごたえは十分の異色作。

◆『当確師』真山仁・著(中央公論新社/税抜き1500円)

 真山仁の名を一躍知らしめたのが『ハゲタカ』だ。『当確師』はその選挙版か。当選確実を請け負う選挙コンサルタント・聖達磨(ひじり たつ ま)は51歳。首都機能補完都市に指定された高天(たかあま)市で、3選確実と目される現職市長の鏑木に、「あなたを倒す」と宣戦布告する。このままでは街が独裁者の意のままに。聴力を失った女性社会活動家・黒松を対立候補に擁立し、無謀なプロジェクトが立ちあがった。身内の裏切り、スパイと市長選の裏側が克明に活写される。

◆『映画監督 村川透』山本俊輔・佐藤洋笑/著(DU BOOKS/税抜き2000円)

  山本俊輔・佐藤洋笑『映画監督 村川透』は、和製ハードボイルドを作った男のドキュメント。日活ロマンポルノで初監督するも一度挫折。松田優作との出会いから本領を発揮する。低予算、短い撮影期間というハンデを逆手に優作主演「最も危険な遊戯」で、村川透ありを印象づけた。本人と関係者の証言をもとに、「モノを作る以上は、革命的でないといけない」と吐く男の、演出術と生きかたに迫る。「さらば あぶない刑事」が公開中。

◆『幻の東京五輪・万博1940』夫馬信一・著(原書房/税抜き3500円)

  太平洋戦争開戦で幻となった1940年開催予定の大イベントがあった。夫馬信一『幻の東京五輪・万博1940』は、豊富な写真・図版を駆使し、祭典の全貌を細かに再現、検証する。札幌五輪も企画されていたことを本書で知った。ベルリンからの吉報に有頂天になる東京全市、組織委員会の不協和音、絞り切れない会場候補地など、東京五輪ネタが面白い。旧ソ連国境から中央アジア高原を横断する聖火リレー案もあったとか。図版を見ているだけで楽しい。

 ◆『生き方が見えてくるナガシマ学』明石要一・著(オークラ出版/税抜き1400円)

 「ひまわり」と「月見草」として対照的に語られる二人。不世出のスターである長嶋茂雄と、卓越したリーダーである野村克也。彼らの比較を通して、これからの日本人の生き方を探ったのが『生き方が見えてくるナガシマ学』。著者は教育学者の明石要一。大胆な発想をし、常に新しいことに挑戦する長嶋的な生き方は、混沌とした乱世に合っているという。今こそ、試行錯誤を繰り返し、失敗を学びに変える“長嶋力”をぜひ身につけたい。

 ◆『五代友厚』織田作之助・著(河出文庫/税抜き620円)

 NHK朝ドラ「あさが来た」で一躍脚光を浴びる大阪の実業家が『五代友厚』。なんと織田作之助が、2度、五代を評伝小説に仕立てていた。英国巡歴後、倒幕に貢献した薩摩藩出身の開明派志士が、いかに実業界で八面六臂(ろつぴ)の活躍をしたか。織田は「五代友厚」を時代小説風に、「大阪の指導者」では、資料中心の評伝風に描き分ける。「愛嬌(あいきよう)のある詭弁(きべん)的饒舌(じようぜつ)家に仕立て」たのは織田流の味付け(青山光二)。ドラマでは死んだがここに生きている。

◆『土門拳 写真論集』土門拳、田沼武能・著(ちくま学芸文庫/税抜き1400円)

 戦後日本を代表する写真家が土門拳。『土門拳 写真論集』は、田沼武能編による、写真コンテストの選評と、写真に関する評論・エッセーを集めた文庫オリジナルアンソロジー。「貸本屋の子供たち」の選評の、子どもたちへの親身な目が「シャッター以前に用意されなければいけない」とは、『筑豊のこどもたち』の写真家らしい意見だ。「モチーフとカメラの直結」「絶対非演出」など、評論には、土門の写真に対する姿勢、思想哲学が表れている。

◆『酔いざめ日記』木山捷平・著(講談社文芸文庫/税抜き2500円)

  木山捷平『酔いざめ日記』は、1932年元日から、68年の死の直前まで書き継がれた日記。75年に函(はこ)入りで刊行され、入手困難になって久しい一冊が、750ページ弱の文庫に。大戦前夜の40年、酒席での乱酔を井伏鱒二を訪ねて詫(わ)び、同じ日、妻が大家に「夜中の酔声で安眠妨害だ」と叱られてくる。質屋通いと借金を重ね、それでも飲む、飲む。太宰治、上林暁(かんばやしあかつき)、外村繁(とのむらしげる)、藤原審爾、青柳瑞穂など、文壇交遊も貴重な記録になっている。

◆『1998年の宇多田ヒカル』宇野維正・著(新潮新書/税抜き740円)

 1998年は宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみがデビューした年。そしてCDが史上最高に売れた年だった。宇野維正『1998年の宇多田ヒカル』は、この奇跡のような一年に視座を置き、彼女たちがいかにして特別な存在になれたかを解明、同時にこの20年の音楽状況についても持論を展開する。個性も音楽性もまったく異なる4人を「革新・逆襲・天才・孤独」をキーワードに、これまで語られなかった歌姫たちの存在意義を問う。

◆『「少年A」被害者遺族の慟哭』藤井誠二・著(小学館新書/税抜き760円)

 少年法改正で、少年院送致の低年齢化、厳罰化が進むが、なお問題は残る。それが藤井誠二の取り上げる『「少年A」被害者遺族の慟哭』である。1997年神戸市の児童連続殺傷事件の加害者「元少年A」による匿名手記の出版に、被害者遺族は「2回殺された気持ち」と述べた。ほかに、殺人を万引き程度と認識する加害者の親、事件を「おもしろい小説」として書くと吐く加害者など、謝罪も贖罪(しよくざい)もなき地獄と理不尽が、ここに明らかにされる。

−−−−−

おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年2月21日号より>

あわせて読みたい

注目の特集