ハンセン病

「これからは隠れず生きる」…実名で提訴

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 父親がハンセン病患者だった原告の原田信子さん(72)=岡山市=は、8歳の時に見た消毒剤の白さが目に焼き付いている。当時住んでいた北海道の港町の自宅に保健所の職員が押し掛け、近所の人が見守る中、家は消毒剤だらけにされた。父親はそのまま青森県の国立ハンセン病療養所へ。父親の布団などは山で燃やされた。

 その日から周囲の目は一変した。近所付き合いは一切なくなり、母親は水産加工場を解雇された。行商を始めたものの、その日の食べ物にも困り、畑でジャガイモを拾うなどして飢えをしのいだ。学校では同級生が「寄るな」「腐る」とののしった。掃除でバケツに雑巾を浸せば「(ハンセン病が)うつる」と水を捨てられた。

 中学卒業後、飲食店で働き知り合った男性と結婚したが、穏やかな日々はつかの間だった。夫は酒に酔うたびに父親を引き合いに出して暴力をふるった。「お前の父親の病気が会社に知られたら出世できない」。殴られ、歯が折れたことも。長男が成人するのを待って離婚した。

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