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岡崎 武志・評『ボクと先輩』『ガラパゴス』ほか

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侵さず、構えず、構えさせず

◆『ボクと先輩』平野太呂・著(晶文社/税抜き1600円)

  写真家の平野太呂(たろ)は、先輩たちに会って撮影するのに、中古のフィルムカメラを買うところから始めた。「マキナ67」は、蛇腹式でピントを合わせる。この不便な「武器」で、36人を取材したのが『ボクと先輩』。

 登場するのは、浅井愼平(写真家)、高橋悠治(ピアニスト)、大林宣彦(映画作家)、水木しげる(漫画家)など職も年齢もさまざまだ。あくまで、自分が「ボクの先輩」と思った人たちばかりだ。

 建築家の阿部勤の場合は、自宅を訪ねた。細々したものを同行した編集者に説明する阿部。3度目の訪問になる著者は「陽だまりになっている泥染のソファーに横たわって心地よく聞くとしよう」と寛(くつろ)いでしまう。侵さない、構えないこの姿勢が、取材対象者の心も開かせるのだろう。

 そこに優しい時間が流れていることが、自然光のスナップショットから伝わってくる。最後は小豆(しようど)島へ移住した装丁家・平野甲賀を撮影。じつは著者の父親。いい息子を持ちましたね、甲賀さん。

◆『ガラパゴス』相場英雄・著(小学館/税抜き上1400円・下1500円)

  食品偽装問題を扱う『震える牛』で注目された相場英雄が、新作『ガラパゴス』でテーマとするのは、非正規派遣の労働問題。中学を卒業し、祖父から渡された三線(さんしん)を手に島を出た少年は、古い団地の一室で死体となっていた。彼は派遣労働者として日本中を転々とし、日本企業の歯車の一つとして殺害された。迷宮入り寸前の殺人事件を追う警視庁窓際部署の田川は、この現代社会の闇に、積みあげたメモを武器に挑む。戦慄(せんりつ)の社会派サスペンス長編。

◆『日本ラグビーの歴史を変えた 桜の戦士たち』ラグビーW杯2015日本代表全31名(実業之日本社/税抜き1600円)

 2015年9月、ラグビーW杯南アフリカ戦で、日本は後半終了間際に逆転トライ。「世紀のアップセット」と報じられる奇跡の瞬間だった。『日本ラグビーの歴史を変えた 桜の戦士たち』は、ラグビーW杯2015日本代表全31名に取材し、その激闘の舞台裏を明かす。「おれは南アに勝てると信じて戦った」とリーチマイケル。「実はラグビーって、すべてのスポーツをリードする存在なんじゃないか」(五郎丸歩)など、肉声が感動を呼び覚ます。

◆『救命センター カルテの向こう側』浜辺祐一(・著集英社/税抜き1200円)

 累計115万部突破の「救命センター」シリーズで知られる浜辺祐一は、現役の医師。『救命センター カルテの向こう側』は、超高齢社会に突入した日本での救命医たちの日々を報告する。家族がいるのかもわからない意識不明の重症患者。大量出血で運びこまれ、意識を回復した老人の第一声は「妻を殺した」。東京の下町にある救命救急センターには、生死に関わる患者とともに、重いドラマが運ばれてくる。そこに命のメッセージがある。

◆『奇界紀行』佐藤健寿・著(角川書店/税抜き1800円)

 フリー写真家・佐藤健寿(けんじ)の『奇界紀行』とは、読んで字のごとし、「見るもの、出会う人、みな奇妙。」(帯文)を訪ね歩いて写真に収めた紀行。日本人女性の一人旅でも安心と人気の台湾だが、廃虚となったビーチリゾートの山上に、「謎だらけの寺院」がある。あるいは田んぼの真ん中で違和感を発する廟(びよう)は、貝殻で埋めつくされていた。ほか、南米山奥の異星人に愛された村、砂漠にそびえるサイケデリックな神の山など、目を疑う「奇界」のオンパレード。

◆『一生モノの超・自己啓発』鎌田浩毅・著(朝日新聞出版/税抜き1400円)

 ある時期から流行語のように使われるようになった「想定外」。だが「想定外」なことが起こるのが人生であり、「想定外」をどう生きるかが人生の課題であるともいえる。存在そのものが「想定外」である火山を研究している鎌田浩毅が、すべてが不確かな時代を幸せに生きるためにと著したのが『一生モノの超・自己啓発』。「ポジティブにあきらめる」「友だちは三人いれば十分」「スランプは身体からのサイン」など、読んで効くサプリのような一冊。

◆『惜櫟荘(せきれきそう)だより』佐伯泰英・著(岩波現代文庫/税抜き920円)

 時代小説の人気作家の本が岩波書店から? その不思議は『惜櫟荘(せきれきそう)だより』を読めば納得。熱海に建つ佐伯泰英の仕事場の隣にあるのが「惜櫟荘」。この吉田五十八(いそや)による近代数寄屋の名建築こそ、岩波書店創業者・岩波茂雄の別荘だった。これが取り壊される危機にあると知り、著者は購入、完全修復に着手した。解体・復元の過程に立ち会うことで、昭和の和風建築に込められた意志と技術と仕掛けを知る興味津々のドキュメント。

◆『吉井勇全歌集』吉井勇・著(公文庫/税抜き1100円)

 吉井勇といえば、生涯約2万首を詠み、歌会始の選者を長年務めた大正・昭和を代表する名歌人。自身で選んだ代表作2400余首を『吉井勇全歌集』に収めた。「かにかくに祗園は恋し寝(ぬ)るときも枕の下を水のながるる」など、艶っぽく清新な叙情が、この人の特徴。「われいまだかかる寂しき春に会はず乏しき酒も腸(はらわた)に染(し)む」は、晩年に得た寂寥(せきりよう)の境地が読み取れる。巻末に、吉井自身による解題と細川光洋の解説、略年譜を付し、理解を助ける。

◆『黄昏(たそがれ)の彼女たち』サラ・ウォーターズ/著(創元推理文庫/上下各税抜き1240円)

 『半身』『荊(いばら)の城』でミステリーファンを瞠目(どうもく)させたサラ・ウォーターズ。待望の新刊『黄昏(たそがれ)の彼女たち』(中村有希訳)が訳出された。第一次大戦終了後のロンドン近郊に、母と二人暮らしするフランシスは、広い屋敷の2階に下宿人を公募した。ひと組の若夫婦が越してきた日から、悲劇が始まった。若妻と親しくなったフランシス。やがて二人は抜き差しならぬ関係に。そしてある夜、殺人が。巧みなプロットと戦間期の時代背景が描き込まれた傑作。

◆『まだ東京で消耗してるの?』イケダハヤト・著(幻冬舎新書/税抜き800円)

 『まだ東京で消耗してるの?』の著者イケダハヤトは、東京の大手メーカーを退職し、2015年から家族で高知県の限界集落に移住。本書と同名ブログで、田舎暮らしの効用を説いてきた。移住して、家賃は半分以下、収入は約3倍になったという。人が多く、高価な住居費を稼ぐために、子育て環境の悪い東京であくせくするのが、そんなにいいかと著者は主張する。増えない貯蓄、行きづまる仕事、苦しい子育てを解消する手段として一読を薦める。

 ◆『戦後経済史は嘘ばかり』高橋洋一・著(PHP新書/税抜き800円)

 高橋洋一は、大蔵省官僚、内閣府参事官などを歴任した経済のプロ。日本の未来を正しく見据えるために『戦後経済史は嘘ばかり』で、経済の仕組みを読み直し、再検討する。高度経済成長の実現は、じつはほとんど為替が要因であり、通産省は役立たずだった。凋落(ちようらく)の出発点となるプラザ合意は、日本に仕掛けられた罠(わな)か? また、バブル期に、株と土地以外の物価は高騰せず、普通の経済だった。これまでの思い込みや誤謬(ごびゆう)がこの一冊で晴れる。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年2月28日号より>

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