メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ボッコ靴

津軽の長靴復活 試行錯誤で靴店手作り 青森

ブラシを使って靴底にのりを塗る工藤勤さん=青森県黒石市のKボッコで一宮俊介撮影
店内ではサイズやタイプの異なるボッコ靴を試着できる=青森県黒石市のKボッコで一宮俊介撮影

冷たい雪の上でも足ポカポカ

 天然生ゴムを素材にした津軽地方の伝統的な防寒用長靴「ボッコ靴」を復活させた職人がいる。青森県黒石市で靴などを販売する会社「Kボッコ」代表取締役の工藤勤さん(47)だ。冷たい雪の上でも温かく、リンゴの剪定(せんてい)作業をする農家や営林業、マタギの人々らに重宝されていたが、ゴム靴の大量生産が普及した影響などもあり、1970年代ごろから徐々に姿を消していった。だが時代が変わってもボッコ靴を求める声は絶えず、復活を実現させた工藤さん。今日も一つ一つ、手作りを続けている。

     「ボッコ靴」の名前の由来は、「ひなたぼっこのように温かいから」「雪の上を歩くと、『ボッコ、ボッコ』と音がするから」など諸説ある。

     復活のきっかけは、お客さんからの「ボッコ靴ないの?」という一言だった。東京都内の大学を卒業して4年ほど関東地方の靴店で勤務した後、実家の靴店を手伝うために帰郷した工藤さんは、毎日のように店頭でこの要望を耳にした。小学生の頃にボッコ靴を見た記憶はあったが、多くの客が欲しがる理由が分からなかった。それでも「あれが最高なんだ」と言うお客さん。「どうにかしたい」。そう強く思うようになった。

     だがボッコ靴の情報は限られていた。インターネットや図書館で調べても有益な知識は得られない。気付けば8年ほどたっていたが、ある時、会社の事務所で父・修佐久さん(79)が一片の紙切れを発見した。以前、ボッコ靴を作っていた時代に取引していた会社についてのメモだ。その会社に連絡を取ると、社長がボッコ靴について知っており、材料となる天然生ゴムを用意できるという。

     「復活」に向けた取り組みが始まった。2005年のことだ。店で以前働いていた職人は、記憶を頼りに靴のパーツ作りに必要な型紙を作ってくれた。作り方の順序も工藤さんに教えた。高齢の職人が仕事を続けることが難しくなると、工藤さん自身が靴を作るようになる。残された作り手は自分だけ。「本気で作っていくしかない」。覚悟を決めた。

     「ボッコ靴復活」の話は徐々に広まり、県外からの注文も増えた。しかし1日で作れるのは1、2足がやっと。予約は多い時で数百件に上り、1年以上待ってもらうこともあった。「長く待たせるとお客さんが離れる。でも手抜きは絶対にできない」。精神的に追い込まれながら、「死ぬ思い」で作り続けたと笑って振り返る。

     試行錯誤は今も続く。「ゴムは厚さや色が全て違うので、型紙通りに切っても製品にならない」。職人から受け継いだ技術を自分なりに常に修正し、新しい製品づくりに生かす日々。右手には、ゴムの裁断でできる「はさみだこ」や、ゴムを強く押す時にできる「木べらだこ」の痕が残る。

     社名の「Kボッコ」のKは、「工藤」と「黒石市」の頭文字という。黒石から全国に発信したいとの思いがある。「足の冷えに困っている人は一度履いてみてほしい」と工藤さん。価格は大きさに応じ、1万4500円から。「今後、こぎん刺しや津軽塗など地元の伝統技法も取り入れて、ファッショナブルなボッコ靴にできれば」。復活を遂げたボッコ靴は作業用に限らず、新たなスタイルへの進化も模索している。【一宮俊介】

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. ネットフリックス 時価総額16兆7千億円ディズニー抜く
    2. 中曽根氏 27日100歳 首相経験者2人目、なお存在感
    3. 働き方改革関連法案 高プロ「働かされ放題」の恐れ
    4. 柴俊夫さん 児童養護施設出た若者支援に日本酒
    5. 質問なるほドリ 「高プロ」って何?=回答・早川健人

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]