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岡崎 武志・評『ブロッケンの悪魔』『祖父 大平正芳』ほか

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山を愛し山を守る者たちの矜持

◆『ブロッケンの悪魔』樋口明雄・著(角川春樹事務所/税抜き1800円)

 「ブロッケン」とは、霧の中に太陽光などが差し込んでできる光輪現象。南アルプスの高峰「北岳」にある山荘を謎の男たちが占拠し、国相手に要求を突きつけた。のまぬ時は、毒ガスを搭載したミサイルを東京めがけ発射するという。

 樋口明雄『ブロッケンの悪魔』は、国家、警察、自衛隊を相手どる武装集団に、訓練された山岳救助隊が丸腰で立ち向かうサスペンス長編。テロリストのリーダーの胸の内にあるのは、カンボジア派兵と福島原発事故。著者は小説の形で、この国の欺瞞(ぎまん)を問い質(ただ)す。

 陸の孤島となった山岳で、救助隊の面々の必死の活動が、困難なミッションを成功に導く。捕らえたテロリストグループの一員は、自分たちを邪魔したのが山岳救助隊と知り、侮り呆(あき)れる。そこで隊員の夏実のセリフ。

「見くびってもらっちゃ困ります。山岳救助隊は遭難者を救助するだけじゃない。この山の平和を守ることも立派な仕事なの」

 緊張と迫力の連続がもたらす読後感は、一陣の風が吹くようだ。

◆『祖父 大平正芳』渡邊満子・著(中央公論新社/税抜き1600円)

 タイトル『祖父 大平正芳』で分かるように、著者・渡邊満子は、第68・69代内閣総理大臣を務めた大平正芳の孫だ。日本初の衆参同日選挙のさなかに急逝。今年は没後36年に当たる。「鈍牛」と呼ばれながら、激動の日本の舵(かじ)取りをした。孫娘から見ると「読書を通じて、古今東西の歴史や哲学を寄せ木細工のように組み合わせて、独自の思想を育んだ」人だった。長男が若くして急死した慟哭(どうこく)、盟友・田中角栄との交友など、不世出の政治家の真価が分かる。

◆『フランダースの帽子』長野まゆみ・著(文藝春秋/税抜き1400円)

 長編『冥途あり』で泉鏡花文学賞・野間文芸賞をダブル受賞し、作家的成熟を見せる長野まゆみ。『フランダースの帽子』は新境地を開く短編集だ。双子と見まがうよく似た姉妹ミナとカナ。一方、見た目や性格の違う別の姉妹は、人工授精で生まれた。妹たる「わたし」がかつて描いた「フランダースの帽子」という名の絵が漂流し、その後再会した時、「わたし」は……(表題作)。謎に満ちた6編に、交錯する人生模様。これぞ小説という迷路の醍醐味(だいごみ)だ。

◆『原発棄民』日野行介・著(毎日新聞出版/税抜き1400円)

 さまざまな不祥事や混乱の中に、忘れ去られようとしている津波がもたらした原発事故。毎日新聞特別報道グループはその後も取材を継続し、記者の日野行介が『原発棄民』で、この「フクシマ5年後の真実」(副題)をまとめた。約10万ともいわれる避難者たちの未来を、この国の政府は二者択一で迫ろうとしている。これは「棄民」に他ならない。著者と報道グループは、現地に入り、彼らの生活基盤である「住宅」問題と、生の声を吸い上げる。

◆『不死身の花』生島マリカ・著(新潮社/税抜き1600円)

 こんなに凄(すさ)まじい人生があるのか。『不死身の花』を書いた生島マリカは、1971年神戸生まれの在日2世。早くに家を追い出され、ストリート・チルドレンとなる。残飯をあさる過酷な日々を生きぬき、夜の街に育つようになった。モデル、社長秘書、ホステス、クラブ経営などを経て、3度の結婚と離婚、がん、レイプと不幸のありったけを経験した。そんな彼女が、真言宗の寺で得度。遺書のつもりで書きはじめたのが本書だ。驚愕(きようがく)の告白に息をのむ。

◆『僕とニュー・ミュージックの時代』泉麻人・著(SHINKO MUSIC/税抜き1400円)

 泉麻人はまえがきで「音楽評論というより、私的な時代論の趣向が強い」と書いている。だから『僕とニュー・ミュージックの時代』なのだと。シュガー・ベイブを流しながらの青臭いドライブデートやユーミンの前でゴリラダンスをして笑われた学生時代など、“青い春”の出来事がいきいきと語られる。父親が亡くなった日の夜、ラジオ番組で共演した大貫妙子とのやりとりに救われたというエピソードは印象的。それも時代の良さなのかもしれない。

◆『ボタン穴から見た戦争』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ/著(岩波現代文庫/税抜き1160円)

 ウクライナ生まれのジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、2015年にノーベル文学賞受賞。『ボタン穴から見た戦争』(三浦みどり訳)は、第二次大戦下にナチスドイツ軍の白ロシア侵攻によって虐殺があった村で、当時、子供だった101人の体験談を集める。「頭からオーバーをかぶっていても、爆弾が落ちる様子をボタン穴から見ていました」の証言がタイトルに。幼き目だからこそ焼き付いた鮮烈な地獄に、著者の告発が潜む。

◆『青空娘』源氏鶏太・著(ちくま文庫/税抜き740円)

 高度成長期、サラリーマンの哀歓を描き大流行作家だったのが源氏鶏太。今はなかなか手軽に読めない。『青空娘』は、半世紀前の作品を復刊。瀬戸内を望む街に育った若きヒロインが、出生の秘密を知り、高校卒業後、花の東京へ出てくる。そこで待つのは意地悪な継母ときょうだいたちからのいじめ。本当は重役の娘という出自を知らず、「青空」のごとき向日性で、まわりを巻き込み、明るく生きていく「青空娘」。若尾文子主演で映画化もされた。

◆『インドと日本は最強コンビ』サンジーヴ・スィンハ/著(講談社+α新書/税抜き880円)

 『インドと日本は最強コンビ』というサンジーヴ・スィンハ、1996年に「サヨナラ」という日本語を知るだけで来日した。現在、日イの懸け橋となるべく、企業コンサルタントとして活躍中。すっかり日本びいきになった著者は、2国が「最強コンビ」になるための提言をする。年功序列の効用、意思決定が遅いのは実は長所など、外から見た日本の長所が分かる。すべてをグローバル化せず、日本ならではのよさを大事に、など傾聴すべき意見が随所に。

◆『ねこはすごい』山根明弘・著(朝日新書/税抜き760円)

 山根明弘『ねこはすごい』は、愛猫家も知らない、ねこという動物の力を、これでもかと並べる。一日中、食べるか寝るかして、ほとんど役に立たないと思えるが、長年にわたりフィールドワークを行ってきた動物学者から見ると、「時速50キロで走る」「嗅覚は人間の10万倍」「人間の心の病も治癒する」など、不思議な力に満ちている。また、ねこと日本人の、長く親しい関係を、江戸時代の招き猫や浮世絵などからも読み解く。最強のねこ読本。

◆『貧困女子のリアル』沢木文・著(小学館新書/税抜き740円)

 女性の貧困問題といえば、シングルマザーが話題に上るが、沢木文『貧困女子のリアル』を読むと、30代女性にその問題が深刻化している。しかも、短大や大学を卒業した比較的高学歴者に、消費者金融での借金、親からのDV、男性依存など悲惨の連鎖がつきまとう。だらしなさからくる不倫体質や、容姿端麗の読者モデルからの転落と、無自覚ゆえに泥沼にハマる女たち。取材による多くの体験と証言は、上司も知らない、都会の女性が抱えるリアルに迫る。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年3月20日号より>

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