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岡崎 武志・評『猿の眼』『吼えよ 江戸象』ほか

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杯を育て、目を育て、己を育てる

◆『猿の眼 僕ノ愛スル器タチ』市川猿之助・著(淡交社/税抜き2000円)

 2012年、大名跡の市川猿之助を襲名し、歌舞伎以外に活躍の場をますます広げる四代目。骨董(こつとう)が趣味とは知らなかった。『猿の眼』は愛玩の品を開陳し、「物が語るものがたり」となっている。

 そもそもは、ドラマで青山二郎に扮(ふん)した縁を大切に、古美術商「壺中居(こちゆうきよ)」へ足を運ぶところから始まった。そこで手に収まったのが「わが骨董愛玩の記念すべき第一号」の李朝「総鉄釉瓶」。入り口からして筋がいい。

 こうして半泥子(はんでいし)の茶碗、魯山人(ろさんじん)の徳利、織部の茶杓(ちやしやく)など逸品が集まってきた。愛すべき酒器に酒をつぐ日々が、知らず知らず「猿之助」の名と馴染(なじ)んでいくようだ。杯を育てるために晩酌する。そんな言葉には「澤瀉(おもだか)屋!」と声をかけたくなる。

 どの文章も1000字ほどと短いが、いずれもキリリと締まり、コレクション自慢に陥らずに親しみやすい。これは著者の「器」であろう。骨董趣味が直接芸道に結びつかなくとも、その響きが必ずや表に現れるだろう。

◆『吼えよ 江戸象』熊谷敬太郎・著(NHK出版/税抜き2200円)

 熊谷敬太郎『吼えよ 江戸象』は、史実をフィクションでふくらました時代長編。享保年間、八代将軍・吉宗の命により、長崎から江戸まで生きた象を移送することに。その距離354里。この困難に、小石川療養所の医師・豊安と、象と話ができる奇跡の少女・千代が挑む。神経質な象のために、道中の準備は細心の注意を要し、京では天皇拝謁のため象に官位を、と国中挙げての騒動となる。果たして象は無事に……。ドラマ・映画化の際はCG必至!

◆『銀座百話』篠田鉱造・著(河出書房新社/税抜き1900円)

 篠田鉱造といえば、新聞記者として幕末から明治を知る人々に取材、『幕末百話』ほか「百話」シリーズを手がけた人物。岩波文庫に収録されたが、そこに漏れた『銀座百話』がここに復刊。文明開化のレンガ街だった頃から、つねに近代文明の象徴だった「銀座」について、古老の回顧を収集する。「銀座の横町干しオシメ」「電燈と電話が店の呼物」「煙草ロハ呑みと勧工場」「銀座評判の玉の井の娘」など豊富な話題に、銀座の匂いが立ち上る。

◆『ラストフロンティア』楡周平・著(新潮社/税抜き1600円)

 『Cの福音』の楡周平が、新作『ラストフロンティア』では、お台場に開業するカジノを舞台に腕を振るう。佳境を迎えた国家的プロジェクトを任されたチームに、商社でスキャンダルによって失脚した「とびっきりのクズ」が加わる。お台場カジノの成功は「飲む・打つ・買う」の三拍子のそろい踏みにあり。そこに世界中からVIPを呼び寄せる。かくて、美食とエキゾチシズム、風俗サービスを提供する、夢のカジノ実現をシミュレーションする痛快長編。

◆『サウンド・マン』グリン・ジョンズ/著(SHINKO MUSIC/税抜き2500円)

 「ロック史上屈指の重要度を誇るいくつかのセッションの現場にいた」とポール・マッカートニーに言わせたのが、ロック界の大物プロデューサー、グリン・ジョンズ。『サウンド・マン』(新井崇嗣訳)は、黄金のロック史を肉眼で裏付ける、輝ける貴重な回顧。ビートルズ「ゲット・バック・セッション」に現場監督として立ち会った男。ストーンズ、ツェッペリン、クラプトン、イーグルスなどの、これまで明かさなかった録音秘話が満載。

◆『洋食セーヌ軒』神吉拓郎・著(光文社文庫/税抜き700円)

 神吉(かんき)拓郎は1994年に没した直木賞作家。軽妙、洒脱(しやだつ)な味わいの文章は、いまだに根強いファンがいる。その本領が味わえる短編集『洋食セーヌ軒』がこのたび文庫に。食をドラマ仕立てで描き、そこに人生の機微をふりかける。うまい牡蠣(かき)フライが食べたくなって、10年ぶりに訪れた「洋食セーヌ軒」。顔見知りの主人は亡くなり、店は娘が継いでいた。「食いものの好みと、女の好み、この二つほど不可解なものはないね」と言って笑う男に時が降り積もる。

◆『消えた赤線放浪記』木村聡・著(ちくま文庫/税抜き1100円)

 1958年に廃止された「赤線」だが、じつは業態を変え、あるいはその残骸が日本全国に残されていた。木村聡『消えた赤線放浪記』は、北海道から九州まで、実地に訪ね撮影した異色リポートの決定版。旭川の飲み屋街にお稲荷さん。その一画こそ「赤線の面影を残すピンクゾーン」の跡地であった。京都「五条楽園」は、今なお、その記憶をあちこちに残す貴重なエリア。松山「ネオン坂」はその昔……。寂れた風情がなんともフォトジェニック。

◆『Xのアーチ』スティーヴ・エリクソン/著(集英社文庫/税抜き1100円)

 現代アメリカ文学界最高の奇才がスティーヴ・エリクソン。今年3月の来日を前に、旧著が立て続けに刊行され、ちょっとした出版ブームが起きている。『Xのアーチ』(柴田元幸訳)は20年前に邦訳本が発表された代表作。例によって要約は難しいが、アメリカ独立宣言起草者のトマス・ジェファソンと、その美しき奴隷で愛人とのラブストーリーを軸に、時空を超えた物語の冒険が展開されていく。想像力が噴出するパラレルワールドをご堪能あれ。

◆『司馬遼太郎に日本人を学ぶ』森史朗・著(文春新書/税抜き890円)

 『司馬遼太郎に日本人を学ぶ』の著者・森史朗は、この国民的作家の元担当編集者。間近に見た作家の横顔を伝えつつ、司馬作品未体験の読者に、どの順番で読めば理解が深まるか指南する。1冊目が『燃えよ剣』なのは、司馬本人が「ベストワン」と表明しているから。これで小説の面白さを知ったら、次にいよいよ『竜馬がゆく』。歴史小説家が次第に歴史家へ変貌を遂げるのがわかる。司馬作品の歴史散歩案内や、著者宛ての私信も公開される。

◆『揺れる移民大国フランス』増田ユリヤ・著(ポプラ新書/税抜き780円)

 『揺れる移民大国フランス』の著者・増田ユリヤは、池上彰の女性版とも言うべき、テレビなどのニュース解説で活躍する人物。10年以上にわたり、フランス取材を続けた経験を生かし、シャルリー・エブド襲撃事件以後の衝撃と恐怖に揺れる欧州の現在と未来を伝える。テロに屈せず、移民や難民を受け入れようと、地道な草の根運動を続ける人々。「自由の国フランスは不滅だ」とアルジェリア移民2世の男性は言う。そこにフランスの希望が見える。

◆『PTA、やらなきゃダメですか?』山本浩資・著(小学館新書/税抜き760円)

 「子どものため」の一言で委員や役員を押し付けられる不条理に対して、新聞記者の山本浩資は『PTA、やらなきゃダメですか?』と声を上げた。お手伝いという名の強制など「限りなく“ブラック”に近い組織」だったPTAを完全ボランティア制のPTO(親・先生・団体)に改革したのだ。「できる人が、できるときに、できることを」が基本。学校や地域の大人たちが明るくなれば、子どもたちも明るくなる。それこそが本当に子どものためだ。

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年3月27日増大号より>

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