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みんなの初めてラン♪〜プロが教える走りの秘密〜 ランナー支援に新たな形 KDDIのイベント盛況 /東京

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皇居ランに楽しく挑戦するKDDI主催のランイベントの参加者たち=千代田区霞が関の桜田門交差点近くで
皇居ランに楽しく挑戦するKDDI主催のランイベントの参加者たち=千代田区霞が関の桜田門交差点近くで

 仲間との出会い、目標に向けた努力、かなえたときの達成感など大人になってからもランは、得難い体験を与えてくれる。そして、そんな充実した走りを生み出す源は、健康な体に他ならない。これまでの「走る=健康」から、体の状態を細かくチェックして導く時代へ。あるイベントに、これからのランナー支援の一端を感じた。

 日本での市民ランはどんな経緯で始まったのか。歴史をひもといてみようと、弊紙の記事データベースにあたってみた。残念ながら戦前戦中は見当たらなかったが、終戦の年、1945年12月3日の朝刊に、前日行われたこんな見出しの記事を見つけた。「お爺(じい)ちやんも 少女も走る」(原文ママ)。全国マラソン連盟という団体などが「長距離歩走第一回練習会」を「宮城(きゅうじょう)のお濠(ほり)」など、つまり皇居周辺の約7キロで開いたというもの。健脚のおじいちゃんらとともに、もんぺ姿の10歳の女の子も参加したそうで、書き出しは「明朗日本の再建はまづスポーツで」だ。

 「健康」を目的としたランが注目を浴びたのは、70年代初めごろ。お年寄りの間で「老後の生きがい」として、いわゆる「健康マラソン」が広がった。82年元日の朝刊には「一過性のブームでなく、日本人のライフ・スタイルにどっかと腰を据えて」とあるから、思ったよりも昔から市民ランは定着していたようだ。

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