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岡崎 武志・評『乳房に蚊』『日本語を作った男』ほか

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どこか憎めないダメ男の旅

◆『乳房に蚊』足立紳・著(幻冬舎/税抜き1300円)

 映画「百円の恋」が話題となった脚本家の足立紳。『乳房に蚊』は、初の小説だが、あっという間に読み終えた。うむをも言わせぬストーリー展開が素晴らしい。

 柳田豪太39歳は売れないシナリオライターで恐妻家。一家の経済は、Gカップの妻に頼っている。もう3カ月も妻と性交渉はなく、性欲がはち切れそうな豪太に仕事の依頼が。取材と称して、妻と5歳の娘を連れ、四国へ、久々の家族旅行へ出かけることに。

 ただし、移動は青春18きっぷ。財布の紐(ひも)は妻が握る4泊5日の極貧旅行となった。著者はテンポのいい会話で、男のダメぶりを生き生きと活写する。あわよくばとベッドで手を出すも猛反撃を喰(く)らうシーンに大笑い。情けなくもおかしい男に同情する読者は多いだろう。まったく男はつらいよ。

 妻と寝るのがミッション・インポッシブルになるとは! かくて四国の旅が地獄の旅へ。タイトルは、尾崎放哉(ほうさい)の句「すばらしい乳房だ蚊が居る」による。その意を汲(く)むカバーデザインも秀逸だ。

◆『日本語を作った男』山口謠司(ようじ)・著(集英社インターナショナル/税抜き2300円)

 いま、我々が日常で使っている「日本語(標準語)」は、先人が苦心して作り上げたものだった。「上田万年とその時代」を副題に持つ山口謠司(ようじ)『日本語を作った男』は、そのことを裏付ける力作評論。漱石と同じ、1867年に生まれた言語学者・上田万年(かずとし)が、ひらがな派、ローマ字派などを押しのけ、いかに漢字仮名交じりの近代日本語を成立させたか。日本語改良、言文一致、教科書国定などさまざまな波を乗りこえて、完成に向かう過程がじつに興味深い。

◆『邪眼』ジョイス・キャロル・オーツ/著(河出書房新社/税抜き2200円)

 現代アメリカの作家、ジョイス・キャロル・オーツは、ノーベル文学賞の有力候補。中編4作を収めた『邪眼』(栩木玲子訳)でもその力量は確かめられる。30も年上の舞台芸術家に嫁いだ若い娘は、豪邸を飾る美術品の中にアラブの邪眼除け(ナザール)を発見する。ほどなくして訪れた夫の最初の妻には右目がなかった(表題作)。そのほか、両親の殺害を試みるも、母親は生き延び、意外な証言をする「処刑」など、いずれもグロテスクな諸相に現代を描く。

◆『虐待の淵を生き抜いて』島田妙子・著(毎日新聞出版/税抜き1500円)

 『虐待の淵を生き抜いて』の著者・島田妙子は、幼少期に親から虐待を受け、死を考えた体験を生かし、「加害者支援」のため、全国各地で講演を行っている。本書では、自らの過去、幾多の事例を挙げ、虐待へ向かう心の根本を問う。怒りと上手に付き合う「アンガーマネジメント」という心理技法では、あえてネガティブな感情を大切にすることを教える。「他人にも自分にもモノにもあたらない社会」を目指し、加害者の心に寄り添う「心」の書。

◆『50代からのアイドル入門』大森望・著(本の雑誌社/税抜き1500円)

 1961年生まれの書評家・SF翻訳家として著名な大森望が、50代でいきなりハロプロにハマった。『50代からのアイドル入門』は、じつは増殖する中年アイドルオタクの生態と実情を、数々のライブ体験と取材を通して語る。なにしろモー娘。の道重さゆみは、武道館ライブで「禿(は)げ気味のみなさああん!」と叫び、中年ファンを感激させた。アイドルにうつつをぬかし妻から離婚を言い渡された40代もいて、この道は険しく、しかし楽しい。

◆『本のなかの旅』湯川豊・著(中公文庫/税抜き880円)

 湯川豊『本のなかの旅』は、いずれも旅好きの文学者たちの足跡を、彼らの著作の中に考察する。民俗学者の宮本常一の高名な一文「土佐源氏」は、語り手の虚実とりまぜての語りを承知で宮本が採録している。つまり「旅をしつづけた人の一個の作品」と著者は見る。吉田健一「或る田舎町の魅力」は、八高線・児玉という静かな町で、ただ一泊して帰ってくる話。しかし、「豊かな時間が過ぎてゆく」のがわかる。ほか開高健、ル・クレジオなどが登場。

◆『刀』小笠原信夫・著(角川ソフィア文庫/税抜き920円)

 本来は戦の道具で血なまぐさい『刀』は、同時に美術品として珍重、愛玩される。「日本人は刀剣を美的感覚をもって、鍛錬、焼入れ、研磨を行う世界に稀(まれ)な国民である」と書く小笠原信夫は、その美意識のありかを伝える。「正宗(まさむね)」「虎徹(こてつ)」など、斬れるという以外に、名工たちが細部まで施した意匠と工夫が、「刀」に見る楽しみを与えた。著者は刀剣史をひもとき、その基本から刀匠たちの仕事ぶりまで読者を誘う。カラー写真を多数収録。

◆『米朝開戦』マーク・グリーニー/著(田村源二/訳)(新潮文庫/(1)税抜き590円・(2)税抜き630円)

 『米朝開戦』は、トム・クランシーの「ジャック・ライアン・シリーズ」を引き継いでマーク・グリーニー(田村源二訳)が送る国際インテリジェンス巨編。北朝鮮がICBMを日本海に向け発射、世界に衝撃と緊張が走る。核弾頭の開発も最終段階に達したか。折しも北朝鮮に関する極秘書類が消えた。アジアの危機を回避するため、米大統領と工作員たちが捜査を開始した。この極めてリアルな長編小説は、このあと3、4巻が刊行予定。

◆『ルポ 母子避難』吉田千亜・著(岩波新書/税抜き760円)

 2017年春に「自主避難者」への住宅無償提供を打ち切ると政府が発表。原発事故から5年、子どもを守るために避難した、母親たちの思いがなかなか届かない。吉田千亜は東日本大震災後から放射能汚染と向き合う母親たちの取材を続けてきた。『ルポ 母子避難』は、その過程で聞いた孤立無援の苦しみ、二重生活の苦悩、経済的困窮などを伝える。生身の声から、国や県の施策、東京電力の対応の問題点を指摘し、いま必要とされることは何かを示す。

◆『人生が変わる55のジャズ名盤入門』鈴木良雄・著(竹書房新書/税抜き1000円)

 海外の大物ミュージシャンとも共演する、日本ジャズ界の巨匠がベーシスト鈴木良雄。『人生が変わる55のジャズ名盤入門』は、タモリ、小曾根真、ケイコ・リーなど音楽仲間のアンケートを基に、「これさえ聴けば大丈夫」という55枚の名盤をチョイスし、解説を加える。コルトレーンは「バラード」。「激しい生き方をしていましたが、本物の優しさを持った人」であることがわかる。ケニー・ドーハム「静かなるケニー」は「夜に聴くのがいい」。

◆『2020年の大学入試問題』石川一郎・著(講談社現代新書/税抜き800円)

 「知識は人間だけによって創られていくのであろうか」。これは慶應経済学部の小論文入試で実際に出された問題の一部。“正しい答え”のない問いに、どう答えればいいのだろうか。アクティブ・ラーニング(能動的学修)の実践者・石川一郎は、『2020年の大学入試問題』においてめまぐるしく変わる入試への対策を語る。これからは、オリジナルの基準や自ら創造する強い意志といった「自分軸」が大事だと強調する。きっと、教える側にも必要なはずだ。

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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おかざき・たけし

 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

<サンデー毎日 2016年4月3日増大号より>

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